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部活とクラブの融合に成功した男 広島ユース監督・森山佳郎の退任

森山佳郎は“変な選手を育てる、変な指導者”だ。名を挙げるなら森脇良太に槙野智章、柏木陽介のような選手と、彼は3年間を共にした。それぞれに日本代表でプレーした経験のある名選手だが、エリート臭はまったくしない。威勢がよくて明るくて、ちょっと天然……。それが彼の下で育った選手に目立つ特徴だ。そんな45歳の名物指導者が、今季限りでサンフレッチェ広島F.Cユースの監督を退任する。

text by 大島和人


広島ユースに声援を送るサポーター【写真:大島和人】

変な選手を育てる、変な指導者

 森山佳郎は“変な選手を育てる、変な指導者”だ。名を挙げるなら森脇良太に槙野智章、柏木陽介のような選手と、彼は3年間を共にした。それぞれに日本代表でプレーした経験のある名選手だが、エリート臭はまったくしない。威勢がよくて明るくて、ちょっと天然……。それが彼の下で育った選手に目立つ特徴だ。そんな45歳の名物指導者が、今季限りでサンフレッチェ広島F.Cユースの監督を退任する。

 森山が広島ユースのコーチから監督に昇格したのは、2002年の夏。前任の中村重和氏がアビスパ福岡の監督に着任したことによる、暫定的な人事だった。当初は「半年たったら変えると言われていた」のだというが、冬のJユースカップで準優勝という結果を出し、彼はそのまま留任する。それが10年近くに及ぶ監督生活のスタートだった。

 すると03年には夏のクラブユース選手権、冬のJユースカップと“二冠”を達成。04年は高校、クラブが同じ舞台で戦う高円宮杯全日本ユース選手権も制した。04年のチームで中心を占めていた1986年生まれの世代は、前述の森脇以外にも高萩洋次郎、前田俊介といったメンバーが揃い「12名中9人がJリーガー」(森山監督)という黄金世代となった。

 広島に影響された他のJクラブも寮・食堂などの施設や、スカウト体制を充実させた。立命館大の付属高と提携している京都のように、環境やタレントで広島の上を行くクラブも登場している。

 そんな中でも広島は2003年に始まったプリンスリーグ中国で、7大会中6度の優勝を果たし、2011年から始まったプレミアリーグウエスト(西日本のトップリーグ)も2連覇。高円宮杯は3連覇中と、その成績は今も高校生年代の最高レベルを維持している。森山監督が評価されるのは成績以上に“選手育成”だろう。前述の槙野、森脇、柏木はもちろんだし、田坂祐介のように海外で活躍している選手もいる。トップのJ1制覇は、育成の下支えがあってこのことだった。

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