本田が進化を続ける理由 ~藤田俊哉が回想するルーキー時代と人間像~(前編)

同時期に名古屋グランパスに加入した藤田俊哉と本田圭佑。すでにプロキャリア10年を重ねていた藤田の目にルーキーの本田はどのように映っていたのか。名古屋時代から現在までの成長について話を聞いた。

2013年04月20日(Sat)19時07分配信

text by 元川悦子 photo editorial staff
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【後編はこちらから】 | 【フットボールサミット第8回】掲載

同時期に名古屋へ加入した藤田と本田

 本田圭佑が2005年春、星稜高校を卒業し、プロサッカー選手の第一歩を踏み出したのが名古屋グランパスだった。元日本代表MF藤田俊哉は全く同じタイミングでジュビロ磐田から名古屋へ移籍。名古屋で3年かけてプロキャリアの土台を築いた彼に多大なる影響を与えたと言われる。

 本田が2008年1月、オランダのVVVフェンロへの移籍を決断するのも、2003年にユトレヒトでプレーした経験のある藤田が「オランダは欧州最初のステップとしては物凄くいいところ。難しい環境へ行って試合に出られないより、挑戦できるこの国に行く方がいい」とアドバイスしたことが1つのきっかけになっているという。

 そんな藤田に、まずは本田の新人時代を振り返ってもらうことにした。

本田が進化を続ける理由 ~藤田俊哉が回想するルーキー時代と人間像~
藤田俊哉氏【写真:編集部】

――18歳で星稜高校から名古屋に入ってきた頃の本田選手はどんな印象でしたか?

「そんなに驚きはなかった。際立ってうまいわけじゃなかったし、そんなに動かなかったし、スルーパスもドリブルも大して出さなかったから。だけど力強さはあった。左足のキックがすごかった印象も強いね。能活(川口=磐田)相手にすごいFKを直接決めたりしていたし。明確な武器を持っていたのは、大きな強みだったんじゃないかな。

 そういう選手が今や安定したプレーのできるトップ選手になった。その劇的な成長ぶりには正直、ビックリさせられた。駆け上がるスピードがこんなに速いのかって思わせるほどだった。一時的に輝く選手はいるけど、本田は高いレベルを持続しているし、人々の記憶に残る存在になった。それだけで大成功だと思うよ」

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