“監督”ガットゥーゾ吠える!「ボランチに必要な技術的な要素は“気合い”。これだけ」

闘犬から闘将へ。2013年6月、パレルモの監督に就任したガットゥーゾ。気迫に満ち、荒々しくピッチを奔走した彼のボランチ哲学とは? 監督としての見解とともに、ボランチにおける理想像について話を聞いた。(翻訳:宮崎隆司)

2013年08月18日(Sun)11時25分配信

text by クリスティアーノ・ルイウ
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【欧州サッカー批評8】掲載

サッカーが下手なヤツラにとっての希望の星

――リーノ、まずはボランチというポジションについて、つまりレジスタを補佐し続けた君のキャリアを振り返りながら、この“メディアーノ”という盾とも、潰し屋とも言われたガットゥーゾ固有の考え方を聞かせてもらえるだろうか。つまり守備的MFにキャリアを捧げた男として。

「OK、でも最初に断っておくが、オレのキャリアを振り返るとなれば相当に長くなっちまうぜ(笑)。それでもいいんだな?」

――もちろん。覚悟の上だよ(笑)。

「よしよし(笑)。やっぱり最初はアレだよな。まだオレがガキ(12歳当時)だったときに田舎(イタリア南部の街コセンツァ)から出て1000km先の北・ボローニャの入団テストを受けるために向かったんだ。それにモノの見事に落ちてしまってな(笑)。

 きっと他のガキ共なら大半が落ち込んじまって、潰れていく。けど、生まれつきオレはやっぱり違っていたんだよな(笑)。むしろ闘争本能に火がついたわけよ。なもんで、直後に拾ってくれたペルージャで7年を過ごした後、オレはスコットランドへ飛んだ。

 要は“移民ジョカトーレ”になるんだが、グラスゴーで無骨かつハードなヤツらのサッカーに揉まれることで、オレの魂はさらにどうしようもないくらいに熱く燃え盛ったんだよ。スコットランド人のサッカーはマジでハードだからな。

 なんつったってオレは周知の通り超のつくド下手だからな。それこそアンドレア(・ピルロ)みたいに上手いなら話は別だが、そうじゃないオレはもう走るしかない。人の2、3倍なんてレベルじゃないぜ。

 技術だけなら精々セリエCの水準でしかないオレがAに辿り着くにはだな、それこそ少なくとも人の10倍は走る必要があったんだよ。マジで。そうでなけりゃこの超ド級に下手なオレがあの名門ミランに入って、イタリアを制して、CLにも勝って、挙げ句にW杯まで勝っちまうなんて、奇跡は絶対にあり得なかったよ。

『サッカーが下手なヤツラにとっての希望の星』なんだぜ、と(笑)。こんなにも下手なオレがW杯を獲れたんだ。そこら辺でボール蹴っている世界中のヤツらにも可能性があるってことだからな」

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