城福浩~父の背中が語るもの~

監督という職業は過酷だ。結果が悪ければ、家族にもその影響は及ぶ。現役Jリーガー監督・城福浩もその一人だ。監督業に就いた「父」だからこその子育てとは――今回は、6月に刊行された『プロフットボーラーの家族の肖像』(いとうやまね著)に収録されている、城福浩監督のエピソードを一部掲載したい。

2013年11月26日(Tue)16時16分配信

text by いとうやまね photo Kenzaburo Matsuoka , junior soccer editorial staff
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【プロフットボーラーの家族の肖像】掲載

息子にしてやれなかったこと

 何も教えてやれなかった―――城福の心の隅にひっかかっている思いだ。

城福浩~父の背中が語るもの~
城福浩監督【写真:松岡健三郎】

 何しろ忙しくて家にいなかった。日本の多くのお父さん方が抱えている悩みかもしれない。男の子だし、どうせならばサッカーを教えてやりたい。自ら手取り足取り教えられたら、どんなに楽しいだろう。

 そうした気持ちは、いつも抱いていた。サッカー協会の仕事、特に育成年代を担当していると、週末は試合や遠征で身動きが取れなくなる。他人の子どもを見ているのに、自分の息子に時間を割けないという、なんとも理不尽なことが起きていた。

 近所のスクールに入った息子の世話は、妻に任せっきり。サッカーだけではない。運動会にさえ行ったことがなかった。

「親がなくとも子は育つ」

 城福は、少しバツが悪そうに笑う。

 息子は、受験で中村俊輔と同じ学校を目指した。俊輔に憧れていたのだ。中高一貫教育で、サッカー部は、言わずと知れた名門である。

 ただし、希望を胸に入学するも、高校に上がると各地から選りすぐりの選手たちが推薦入学してきた。すると、中学でレギュラーだった部員が、高校ではサッカー部にすら入れない、ということが起こる。非情にも、部員数が決まっているのだ。息子はといえば、中学でもレギュラー入りできずにいた。

 当時、城福は協会の仕事で、全国の有名校を視察に回っていた。当然、息子の通う高校にも赴いた。

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