【直撃インタビュー】セホーンが語る、ガンバ大阪が不振に陥った2012年シーズンの内実

『フットボール批評issue03』(カンゼン、発売中)では「監督失格」と題した特集で、元ガンバ大阪監督のセホーン氏に直撃インタビューしている。2012年シーズン開幕からわずか1ヶ月足らずで解任の憂き目にあった指揮官は当時、どのようなビジョンを描いていたのか? そして、なぜ勝てなかったのか? 一部抜粋して掲載する。

2015年01月22日(Thu)15時00分配信

text by 沢田啓明 photo Hiroaki Sawada
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私は名目上の監督で実質的な監督は呂比須だった

【直撃インタビュー】セホーンが語る、ガンバ大阪が不振に陥った2012年シーズンの内実
元ガンバ大阪監督のセホーン氏【写真:Hiroaki Sawada】

 2012年、ガンバ大阪がクラブ史上初めてJ2へ降格したことは、クラブ関係者、サポーターのみならず日本のフットボール界に衝撃を与えた。序盤のJリーグ3試合、AFCチャンピオンズリーグ2試合に全敗し、シーズン開幕後わずか21日目に解任された“敗軍の将”に話を聞いた。

 母国へ戻ってから、2年8ヶ月余り。日本のメディアのインタビューに応じたのは今回が初めてという。いきなり、「私は監督ではなかった」という意外な言葉が飛び出してきた…。

――そもそも、いかなる経緯で監督へのオファーを受けたのですか?

「2011年12月、旧知の呂比須ワグナーから連絡をもらった。『自分がガンバ大阪の監督に就任するはずだったが、資格審査で承認されなかったので、名目上の監督となってほしい。ただ、実質的な監督は私であり、コーチとして補佐してもらいたい』ということだった」

――つまり、表向きはあなたが監督で呂比須がコーチだが、本当の役割は逆、ということですね?

「その通り。私は、ガンバの監督ではなかったんだ」

――西野朗前監督が10年間もチームを率いて数々のタイトルを獲得し、2011年にはクラブ史上最多の勝ち点で3位となりながら、クラブは契約を延長しなかった。それに加えて、呂比須の監督就任を巡る不手際があり、サポーターはクラブ首脳への不満を募らせていました。このような事情をどこまで知っていましたか?

「ある程度は知っていたが、それはクラブの問題で、私には関係ないと思っていた。ただ、今になって考えると、そのせいで呂比須と私は通常よりも困難な状況に置かれていたのかもしれない」

――そもそも、あなたと呂比須はどういう関係なのですか?

「彼は、1986年にサンパウロのU-17で監督を務めていたときの私の教え子なんだ。彼をトップチームに推薦したのは私。ほどなく彼は日本へ渡ったわけだが、その後も交流が続いていた」

――なぜ呂比須があなたに監督の“名義貸し”のようなことを頼んだのでしょう?

「私と気心が知れていて、フットボールに対する考え方も似ているからじゃないかな」


続きは『フットボール批評issue03』でお楽しみください

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