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「噛み付きは無害に近い行為」…楽しみ方が無数にあるトリックスターの独白録。『ルイス・スアレス自伝 理由』

text by 田邊雅之 photo by Getty Images

スアレスが打ち明ける有名選手や監督たちの実像

「噛み付きは無害に近い行為」…楽しみ方が無数にあるトリックスターの独白録。『ルイス・スアレス自伝 理由』
ルイス・スアレス 著、山中忍 訳『ルイス・スアレス自伝 理由』(ソル・メディア)

 ただし、タブロイド的な興味をそそるのは、本書が持つ魅力の一端に過ぎない。むしろ最大の魅力は、全編を通して語られる有名選手や監督たちの実像、クラブチームや代表チームの内情、トレーニングや試合のディテール、サッカー選手としての日常風景にこそある。

 アヤックスの時代、コーチであるデニス・ベルカンプと練習した時の感激、マルコ・ファン・バステン監督との微妙に醒めた関係、わざわざ「ユール・ネヴァー・ウォーク・アローン」を合唱してくれたサポーター等々。スアレスの目に初めて映った「ヨーロッパ」は実にビビッドだ。リバプールでの日々、そして母国ウルグアイや代表チームの話題になると、口調はさらに熱を帯びる。

 個人的には、プレミアで繰り広げた激闘の模様や、ブレンダン・ロジャースが着手した改革の内容なども興味深く読んだが、リバプールというクラブやアンフィールドの雰囲気を、的確に表現している点にも惹かれた。スアレスが語るリバプールの“カルチャー”は、評者が抱いているイメージに極めて近い。少し長くなるが引用しよう。

「このクラブには何とも言えない魅力がある。初めてホームスタジアムのアンフィールドを訪れた時に最も印象に残ったのは、その小ぢんまりとした佇まいと歴史の古さだった。控え室を覗いてみれば一目瞭然だ。備え付けのロッカーが年代を感じさせるというようなレベルではなく、ロッカーそのものが存在しない。ドアを開けて足を踏み入れると、これが見事に……普通なんだ。(中略)広く改装すべきだと思うかもしれないけど、そう思っているリバプール選手は一人もいないはずさ。あの雰囲気を変えてしまったらアンフィールドではなくなってしまう」

 むろん本書の楽しみ方は、他にも無数にある。というよりもウルグアイで生まれ育ち、アヤックスやリバプールで名を轟かせ、今やバルセロナでリオネル・メッシやネイマールと共に活躍している人間の独白録が、面白くないわけがないのだ。

 本書は現代サッカーの「考現学的な資料」としても価値が高い。最近出版された選手の自伝としても出色の出来だといえる。これは山中忍氏の訳出に負うところも大きいはずだ。チェルシーファンである氏は、まさにスアレスに噛み付かれたブラニスラヴ・イヴァノヴィッチのような心境を、しばらく味わったかもしれないが。

【了】

「噛み付きは無害に近い行為」…楽しみ方が無数にあるトリックスターの独白録。『ルイス・スアレス自伝 理由』

『ルイス・スアレス自伝 理由』(ソル・メディア)
定価1949円

はじめに――噛み付きの理由
第1章 ラブストーリー
ウルグアイで見つけた愛
第2章 オランダの学校
アヤックスで会得した思考力
第3章 スアレスの手
南アフリカW杯の“セーブ”と南米制覇
第4章 じゃあ7番だ
リバプールの伝統とプレミアの洗礼
第5章 「人種差別者」
エブラとの衝突で負った消えない傷
第6章 ロジャーズの革命
新たな哲学と“SAS”の結成
第7章 あと一歩で
手のひらから滑り落ちたリーグ優勝
第8章 それがアンフィールド
ファンとともに歩んだ忘れがたき旅路
第9章 我がイングランド
第二の故郷を破ったブラジルW杯
おわりに――狭い路地から切り開いた人生

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