フォルランが語るJリーグでの苦悩と葛藤

9/7(月)発売『フットボール批評07』では、セレッソ大阪との契約を満了し、ウルグアイに帰国したディエゴ・フォルランにインタビューしている。2010年W杯でMVPに輝いたストライカーは日本での日々をどのように捉えているのだろうか。一部抜粋して掲載する。(翻訳:中島大輔)

2015年09月07日(Mon)16時04分配信

text by ショーン・キャロル photo Getty Images
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ピッチの外でJ2降格を目の当たりにした大物助っ人

フォルランが語るJリーグでの苦悩と葛藤
2014シーズン終盤は出場機会に恵まれなかったフォルラン【写真:Getty Images】

 ディエゴ・フォルランが日本で過ごした期間は、たった1年半だ。それでもこのウルグアイ人は、セレッソ大阪でローラーコースターのような激動の18ヶ月を経験した。

 彼のセレッソ加入はど派手に歓迎された。2014シーズン開幕前、多くのファンやメディアは、セレッソがJ1のタイトルを勝ち取るだろうと見ていた。しかし6ヶ月経つと、フォルランはリーグで最高年俸を稼ぎ、チームで最多得点を挙げたにもかかわらず、Jリーグにとって好ましくない人物になっていたのだ。

 周知のように、輝かしいキャリアを持つフォルランは、イングランドやイタリア、スペイン、ブラジル、アルゼンチンで成功を収め、プレーを楽しんできた。それゆえサッカーにおいては、物事を個人的文脈でとらえず、恨みを抱かないようにすべきだとわかっている。ただしセレッソが2部降格となったことで、フォルランは救済者から傍観者に降職した。マンチェスター・ユナイテッドでプレーしていたこのFWが、セレッソの降格に影響を受けたことは明らかだ。

 8月中旬、フォルランはJ2を戦うセレッソとラスト6ヶ月の契約を終え、ペニャロールに移籍するためにウルグアイに帰国していた。彼は日本で過ごした期間について、ざっくばらんに話してくれた。フォルランは自分の体験におけるポジティブな点について口にしたが、同時に大阪で満足できなかった点についてもためらいなく明かしてくれた。

「我々はあと2勝していれば、J1に残留することができた」

 2014年シーズンのラスト4ヶ月を率いた大熊裕司の起用法について、フォルランは語り始めた。リーグの運命を決する終盤に近づいたとき、大熊はこのスターFWを起用しなかったのだ。

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