U-23日本代表守備の要・植田直通。空中戦で圧倒的な存在感を見せられる理由

リオデジャネイロオリンピック予選も兼ねたAFC・U-23選手権で連勝し決勝トーナメントへ進出したU-23日本代表。その守備の要となる植田直通はどんなジュニア時代を過ごしていたのだろうか。(『ジュニアサッカーを応援しよう!Vol.34』より一部転載)

2016年01月19日(Tue)10時16分配信

text by 元川悦子 photo Getty Images
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中学生から本格的にサッカーの道へ

U-23日本代表守備の要・植田直通、空中戦で圧倒的な存在感を見せられる理由とは
植田直通【写真:Getty Images】

 テコンドーとサッカー、友達との遊びなど力いっぱい動き回った小学校時代を終えた植田は2007年、地元の住吉中学校へ進み、サッカー部に入った。この中学は緑川小と網津小の生徒が通うため、1学年は60人程度。サッカー部員は各学年約10人で、総勢30人くらいの規模だった。個人の技術レベルは網津小出身者のほうが高かったが、植田自身は負ける気はしなかったという。指導者は顧問の先生2人と外部コーチ1人と比較的恵まれてはいた。けれども、誰も来ない日も結構あり、生徒たちがシュートやボールコントロール練習をするのが定番だったようだ。

 植田は仲間とともに地道にコツコツ練習をこなしていた。そして2年になると、突如として熊本県トレセン入りのチャンスを得ることになった。

「実は小学生高学年から宇土市のトレセンには入っていたんです。その流れで県トレの選考会に行くことになった。市選抜同士の対抗戦を先生たちが見る形式で、なぜか下手な自分が選ばれたんです。

 その頃の自分はゲームがメチャメチャ好きで『県トレに受かったらプレステ3を買ってもらう』という約束を親としていました。だから、受かった帰り道に買いに行ったくらい。正直、県トレよりプレステ3のほうが大事だったんですよね」と本人は苦笑いする。

 そこから県トレセンの練習に週1回ペースで参加するようになった。植田自身にとっては想像以上に憂鬱な日々だった。

「熊本でうまいやつらばかりが集まるのに、僕は極度の人見知りでしょう。ホントに嫌で……。ポジションは右サイドハーフをやっていて、タテに飛び出してクロスをガンガン上げる感じでした。ただ、九州大会や関東での大会のメンバーには一度も入ったことがない。そんな選手でした」

 くすぶっていた当時の思いを打ち明ける。

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