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テロ一掃し国民を一つに。“平和の象徴”としてのシリア代表。思想違えど同じ旗のためプレーする心は同じ

去る3月29日に日本代表と対戦したシリア代表。国内情勢が混乱を極めるなか来日した彼らは大きなものを背負っている。サッカーが母国でできることは、“普通の生活”を送ることを意味する。選手・監督の証言を振り返るとともに、駐日シリア大使代理にも話を聞き、シリアが置かれている状況から、代表チームが持つ力に迫る。(取材・文:舩木渉)

text by 舩木渉 photo by Wataru Funaki , Dan Orlowitz , Getty Images

「国民をハッピーに」シリア代表が掲げる唯一の願い

シリア イブラヒム
ファジェル・イブラヒム監督【写真:ダン・オロウィッツ】

 去る29日、サッカー日本代表はロシアW杯アジア2次予選でシリアに5-0で勝利を収めた。その試合を前にした記者会見でシリア代表のファジェル・イブラヒム監督(当時)は自分たちが戦うことの意味を力説した。

「シリアが今、厳しい状況に置かれていることは誰もが知っていると思う。私たちは国民をハッピーにしたい。それこそがモチベーションになっている。シリアには文明があり、歴史がある。それが今は病んでしまっている。しかし病んでいるからといって決して死に絶えることはない。唯一のメッセージは、とにかく人々をハッピーにしたいということだ」

 彼らはシリア国民の誇りを胸に勇敢に戦い、W杯出場のチャンスを掴みとった。日本に次ぐグループ2位で最終予選進出を決め、国際社会に「死に絶えていない」ことを示した。だが、彼らが戦えているのはある人物に忠誠を誓っているからでもある。

 昨年11月に話題を呼んだイブラヒム監督の行動を覚えているだろうか。W杯予選のシンガポール戦前に同氏と広報のバッシャール・モハメッド氏、日本戦にも出場したオサマ・オマリの3人はある人物の顔写真がプリントされたTシャツを着て記者会見に臨んだ。

 その場でイブラヒム監督は「シリアで殺された人たちには誰も、1秒も立ち上がらない。これを知っておくべきだ。我々シリアはあらゆるテロリストやその集団と戦っている。そして世界中にいる全てのテロリストを壊滅させる」と、フランスで起きた連続爆破テロ事件だけに黙祷を捧げるAFCの判断に疑問を呈しつつ「我々にはどんな時も大統領がついている。彼は我々を支えてくれ、チームは国のために戦う。そして彼も同じく」と語った。

 つまりシリア代表として身の安全を保障されながらサッカーをするには独裁政権を敷くバッシャール・アル・アサド大統領に忠誠を誓わねばならないということを意味する。

 一般的にはサッカーにおいて政治を持ち込むことはタブーとされるため、この記者会見の様子は全世界的に報じられた。彼らは国のため、国民のために戦うには、国際的に非難を浴びる独裁者とともに歩まねばならないという事実を、身を以て示したのだった。

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