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アンドレア・ピルロ 天才レジスタの「戦術眼」(前編)

text by クリスティアーノ・ルイウ photo by Sinichiro Kaneko/Kaz Photography

――ところが、01年の11月に再び状況が変わる。

「カルロ・アンチェロッティがミラン監督に就任。でもね、当初の何試合かで監督は僕をトップ下、つまりトレクアルティスタとして起用してね、その僕の後ろにルイ・コスタが入るという形を試したんだよ。でもそれが上手くいかなくて。もうその頃は既に僕のポジションはトップ下ではなくなっていたんだ。だから、続く02-03シーズンの開幕前、夏の合宿で僕の方から監督に提案したんだよ。『ディフェンスラインの前でプレーさせてください』と。

 で、最初の試みは夏のプレシーズンマッチ(ベルルスコーニ杯)の対ユベントス。ここで監督の期待に応えることができた僕は、開幕戦の対モデナでも相応のパフォーマンスをみせて、後のCLでも組み立て役としてチームの勝利に貢献することができた。対ランス、対ラ・コルーニャ、対バイエルン……。もちろん中には、例えばアウェーでの対ユベントスとかで幾つかのミスを犯すこともあったけど、回を重ねるごとに監督の、そしてチームメイトたちの信頼を勝ち取っていったんだ。当初は敵のプレスに戸惑うことも少なくはなかったけど、でもそのプレスの掛かり方を予め読めるようになってからはボールを失うこともなくなっていった。

 たとえ味方がパスコースに動いていないとしてもパスを通す、その術を体得していったんだ。詳しいことは企業秘密だから言えないけど……(笑)。たとえば足首の角度を少しだけ変えるだけでプレスをかわせるからね、その時間の中で味方が1mでも移動してくれれば自ずとパスコースは生まれるわけで。まぁ、仮にそれを味方の選手が出来なくても、間に入った敵の頭を超えるパスを出せばいいわけでね。要は、マッツォーネが言った通り、局面ごとに最もシンプルなプレーを選択すればいいってことだよ」

考えたパス、本能的なパス

――でもそれは言うほど簡単じゃないのが現実。でも君は、もちろんシャビもそうだけど、たとえ3、4人に囲まれても正確なパスを通すことができる。一体どうやればそれは可能なのか……。

「質問の意味はもちろん分かるんだけどね、でもその答えを言葉にするのは不可能だよ。残念ながら(笑)。なぜって、こればっかりはもうシチュエーションだけで恐らくは数百万通りもあるわけで、なので答えは、状況ごとに本能で最適なプレーを選択する、としか言えないよね。

 たとえば今シーズンの対ジェノア、マトリが決めた2点目を覚えている?

 あれは僕のアシスト。でも、あの状況で僕は“ボールに触れることなく”アシストを決めたんだよ。といっても実のところは何ら難しいことじゃないんだけどね。つまりは単なるスルー。敵のバイタルエリア、ペナルティエリアに入る直前という位置で、右サイドから斜めに入って来たボールのコース上に僕はいたんだけど、僕の背後で同じくその線上にマトリが入ってきていると察知していたから、あのパスを受ける素振りをして敵のDF2枚を引き付けてね、で、それをスルーするとイメージ通りそこにはマトリがいて、なのでパスを受けた彼はGKと1対1。ポイントは、あのパスを受けようとする前方への動き、そして、いかにもトラップするぞという膝と足首の細かな動き。あれで相手のDFは完全に騙されてしまったわけだよ。

 考えたパス、考えずに出す本能的なパス。大きく分けて2通りあるわけだけど、いま話したマトリへのパスは明らかに後者ということになるよね」

【後編に続く】

初出:欧州サッカー批評5

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