リーグ開幕から7連勝を飾ったリヴァプールだが、9月末に行われたクリスタル・パレス戦からはまさかの公式戦4連敗を喫した。チームとしてのバランスを失っているように見える中で、筆者は今夏に退団したトレント・アレクサンダー=アーノルドの不在の影響が予想以上にチームに響いていると考察している。(文:安洋一郎)
優勝候補のリヴァプールが11年ぶりの公式戦4連敗
リヴァプールに何が起きているのだろうか。
アルネ・スロット体制で2季目を迎えたチームは、プレミアリーグを制した昨シーズンの勢いそのままに、今季もリーグ開幕から公式戦7連勝を達成した。
しかし、プレミアリーグ第6節クリスタル・パレス戦で敗れると、この試合から公式戦4連敗と大失速。ユルゲン・クロップ前体制では一度も喫しなかった屈辱を11年ぶりに味わった。
日本時間23日に行われたフランクフルトとのUEFAチャンピオンズリーグ(CL)で5-1の勝利を収めて連敗をストップ。しかし、正直なところ、この試合の結果はあまり参考にはならないだろう。
フランクフルトはブンデスリーガ第7節終了時点でリーグワーストの18失点を喫している。
そのうち6失点がセットプレーによるもので、CKからの2得点を含め、この試合での大量得点が復調に繋がると考えるのは時期尚早だ。
リヴァプールが不調に陥った理由はさまざま考えられる。
アレクサンダー=アーノルドの退団が影響!?
今夏の移籍市場で8人の新戦力が加わった一方で、ルイス・ディアスら主力選手も含む12人が退団。新たに加入した選手は、プレミアリーグやスロット監督の戦い方に適応する必要があり、チームとしての最適解を見つける必要がある。
他にも自らの意思で前所属のニューカッスルのプレシーズンに参加していなかったアレクサンデル・イサクのコンディション不良や、チーム編成の影響で左WGやCBの選手層が薄いことも調子が上がり切らない要因の一つだろう。
こうした理由がいくつかあると考えられる中で、筆者はトレント・アレクサンダー=アーノルドの退団がチームに最も大きな影響を与えていると考察している。
アレクサンダー=アーノルドは特別な才能を持った選手だ。
最終ラインから1本のパスで大きく局面を変えることができる唯一無二の選手であり、その圧倒的なパスレンジの広さと精度は誰も真似することができない。
明確な武器がある一方で、弱点があった選手であることも事実だろう。
シーンごとに切り抜けば、彼の“怠慢”とも言える守備がキッカケで失点やピンチを招くこともあり、サポーターから批判の対象となることが多かった。
しかし、今夏にアレクサンダー=アーノルドが退団したことでチームとしての守備が改善され、失点が減っただろうか。答えは「否」だ。
昨シーズンは公式戦56試合で55失点(1試合平均0.98失点)だったのに対して、今シーズンは公式戦14試合で21失点(1試合平均1.5)と明らかに失点が増えている。
プレスがかかりにくい現状を見ると、仮にアレクサンダー=アーノルドが今季もリヴァプールでプレーをしていた場合は、さらに失点が増えていた可能性も否定はできない。
ただし、攻撃における重要な飛び道具を失ったのは確実だ。
その影響を強く感じるのが、縦関係でコンビを築いていたモハメド・サラーの不調である。
サラーを補完していたアレクサンダー=アーノルド
昨シーズンのプレミアリーグで29ゴール18アシストを記録したサラーは、得点王やアシスト王、リーグ年間最優秀選手賞、PFA年間最優秀選手賞など個人タイトルを独占した。
今年4月には2027年夏までの新契約を締結。週給40万ポンド(約8000万円)というチームトップの待遇を受けている。
今夏の退団の可能性もあった中でリヴァプールに忠誠を誓ったサラーの残留には、サポーターから歓喜の声が上がった。
それから半年が経過した現在、エジプト代表FWには批判の声が寄せられている。
プレミアリーグ第9節終了時点で3ゴール2アシストに留まっており、そのうちの1ゴールはPKによるもの。
第9節ブレントフォード戦で今季3ゴール目を決めたが、開幕戦のボーンマス戦以来となる流れの中からの得点だった。
この不調は彼自身のコンディション不良も大きく影響しているだろう。
ドリブル成功数は9試合で2回のみであり、成功率はわずか14%。昨シーズンの成功率が44.6%だったことを踏まえると大幅に精度が下がっており、不用意なロストが増えている。
しかし、サラーがアレクサンダー=アーノルド不在時に得点が減少するのは、絶好調だった昨シーズンから顕在化していた問題だ。
サラーの能力を活かすラインブレイク
両者がプレミアリーグのピッチで共演した2361分間で27ゴール(PKを除くと19ゴール)が決まっていたのに対し、サラーのみの出場だった残りの1019分では2ゴール(PKを除くと1ゴール)しか決めることができていない。
この2ゴールはいずれも第12節サウサンプトン(後に最下位で降格)戦のものであり、そのうちの1ゴールはPK。アレクサンダー=アーノルド不在時は露骨に得点能力が落ちていた。
アレクサンダー=アーノルドが、リーグタイトルをほぼ手中にしたシーズン終盤に出番を減らしたのも要因の一つだが、サラーを解放していた良質なフィードを失ったことがゴールの機会が減少している最大の理由だと考えられる。
データサイト『Opta Analyst』の記事によると、昨シーズンのプレミアリーグで最もラインブレイクのパスが多かったのが、アレクサンダー=アーノルドとサラーのコンビ(147本)だったそうだ。
2番目に多かったマンチェスター・シティのヨシュコ・グヴァルディオルとジェレミー・ドクのコンビ(108本)よりも39本も多い。
リヴァプールの明確な武器だったホットラインが解消されたことで、サラーが得意とするラインブレイクの機会は大幅に減っている。
アレクサンダー=アーノルドの代役として期待されたコナー・ブラッドリーとジェレミー・フリンポンは両名ともに怪我が多い上に、最終ラインからの配球でサポートするタイプの選手ではない。
彼らが不在時は、本職が中盤のドミニク・ソボスライが代役として出場することもあった。
こうした事情もあって、新たな右SBのレギュラーが定まっておらず、サラーを縦関係でサポートする環境と最適解が整っていないのが現状だ。
第7節チェルシー戦を筆頭に、決定機を決められないエジプト代表FWをスタメンから外すという意見もあるが、彼ほどの影響力を持つ選手を常にベンチに置くことはできないだろう。
アレクサンダー=アーノルド不在の影響を受けているのはサラーだけではない。
スロット体制で替えのきかない存在となっているライアン・フラーフェンベルフのプレーにも影響が出ていると予想している。
プレーエリアが広がったフラーフェンベルフ
昨夏のスロット監督の就任と同時にアンカーのレギュラーに定着したフラーフェンベルフは、相手のファーストプレスの後ろの位置で固定して起用されることが多かった。
アンカーのポジションでボールを受けてから前進する役割を担い、狭いスペースでも失わない技術の高さでチームのビルドアップを支えていた。
基本的には中盤の底でのプレーが多かった昨シーズンに対して、今シーズンはより流動的なポジショニングが増えている。
第5節エヴァートン戦の先制点がオランダMFのスタイルの変化を象徴しているだろう。
今季はフィニッシュワークやファイナルサードでの崩しに関わる機会が多く、必然的に担っているタスクが増えているように感じる。
実際にエヴァートン戦後のインタビューでは「今季は中盤での自由度が高まっているよ。昨季は深い位置の6番のポジションにしかいなかったけど、今は今日のように前線へより進出できるようになっているね」と明かしていた。
6番のポジションに固定しての起用が、彼個人としても、チームとしてもポジティブだった。それにも関わらず、プレーエリアを広げて、タスクを増やしたのは、イングランド代表DFの退団が大きく影響しているだろう。
中盤でのクリエイティブを担保するための変化
今夏にレアル・マドリードへと活躍の場を求めた右SBは、時には中盤の一角に入り、司令塔としての役割も担っていた。昨季のプレミアリーグでシュートに繋がるパスの本数は、リーグアシスト王のサラーに続いてチーム2位だった。
そんなクリエイティブな選手が退団したことによるマイナスを補うために、フラーフェンベルフが流動的に動いていると予想している。
しかし、結果としてこの変化が上手くいっているとは言い難い。
フラーフェンベルフ個人のパフォーマンスだけを見ると、得点関与が増えたことはよい傾向かもしれないが、中盤3枚の補完性が抜群だった昨季からは大きくバランスが崩れているように見える。
それが露呈するのがボールを失った直後のリスク管理と、トランジションが求められる場面での脆さだ。
流動的に動きすぎることでCBと中盤の間に生まれるライン間が空きすぎる傾向にあり、被カウンターで簡単にフィニッシュへと持ち込まれている。
その上でフィルジル・ファン・ダイクとイブラヒマ・コナテの両CBの調子と判断があまり良くないシーンが多く、チャレンジ&カバーが必要な場面でのスライドの遅さが悪目立ちしている。
あらゆるバランスが崩れている現状を見ると、唯一無二のキャラクターを持つ選手の穴を埋めることは簡単ではないことを象徴している。
新たなバランスとユニットの再構築
強いチームには必ず「出し手」と「受け手」が阿吽の呼吸で共鳴し合う攻撃の「ホットライン」がある。
昨季までのリヴァプールにおける最大のホットラインが、アレクサンダー=アーノルドとサラーの関係だった。
他にもルイス・ディアスらアタッカー陣の退団が多く、チームとして得点パターンを増やすことを模索する必要がある。
しかし、現状のリヴァプールは選手間の嚙み合わせがあまりよくないように見える。
右SBとサラーの関係に加え、左SBのミロシュ・ケルケズと左WGのコーディ・ガクポの補完性も微妙だ。両者ともに大外のレーンでのプレーを得意としており、縦関係で互いの持ち味を消し合う瞬間が試合を通して何度か見られる。
開幕当初はストライカーのウーゴ・エキティケとトップ下のフロリアン・ヴィルツの新加入コンビの関係性がよく、彼らを中心に多くのチャンスを作ることができていたが、イサクとソボスライの起用が増えたことでプレータイムを減らしていた。
互いの持ち味を引き出し合っている彼らを攻撃の軸に据えつつ、チームのエースであるサラーをどのように活かすかが求められるだろう。
スロット監督に与えられた試練
現状のサラーは大外でのプレーが多いが、本稿執筆時点でのコンディションを考えると、個人のみの打開力では限界があるように見える。
ストライカーの選手と近い距離でプレーすることでシュートチャンスを増やす工夫や、大外をアップダウン型の右SBに張らせて、自らは内側でプレーするなどの配置の整理やユニットでの連係強化が必須だろう。
これを整理するのがスロットに与えられた使命だ。リヴァプールのフロントが彼に期待をしているのは1年目のリーグ優勝だけではない。
クロップ政権という黄金期が一度終わりを告げた中で、新生リヴァプールの形を作ることが求められている。
クラブの規模やリーグレベル、各選手の影響力は大きく異なるが、スロット監督は毎年のように戦力が入れ替わるフェイエノールトで多くの選手を適応させながら結果を残してきた。
そのノウハウをリヴァプールでも活かすタイミングが訪れている。
冒頭で触れたフランクフルト戦では、エキティケとイサクのツートップを試し、右WGにヴィルツを配置した。
これらの微調整は、クロップ前監督や穴を埋めることが不可能なアレクサンダー=アーノルドの幻影から脱却、あるいはアップデートの第一歩となるかもしれない。
47歳のオランダ人指揮官は、新たなリヴァプール像を作り上げることができるのだろうか。
(文:安洋一郎)
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【了】
