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セリエA 20時間前

一体なぜ? イタリア代表では輝けなかったレジェンド10人【Part2】定着できなかった懐かしの名手たち

シリーズ:編集部フォーカス text by 佐藤徳和 photo by Getty Images

イタリア代表
一体なぜ? イタリア代表では輝けなかったレジェンドたち【写真:Getty Images】



 数々のタイトルを獲得してきたイタリア代表には、常に世界最高峰の才能が集ってきた。その一方で、クラブレベルでは伝説的な実績を残しながらも、輝く機会に恵まれなかった名手たちも存在する。なぜ彼らは代表に定着できなかったのか。今回は10人の選手をピックアップして紹介する。[2/5ページ]
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GK:クリスティアン・アッビアーティ

クリスティアン・アッビアーティ
ミランなどで活躍したクリスティアン・アッビアーティ【写真:Getty Images】



生年月日:1977年7月8日
主な所属クラブ:ミラン
イタリア代表通算成績:4試合

 ミランでの公式戦380試合出場はGKとしてクラブ最多出場。ミラン・レジェンズにも名を連ねるクラブ史に名を残すGKとして知られる。

 ロンバルディーア州アッビアテグラッソで生を受け、11歳の時にその町の教会が運営するアウローラOSGBに所属。17歳の1994年12月30日には、セリエC1(3部リーグ)を戦っていたモンツァでプロデビューを果たす。

 95/96シーズンは、カンピオナート・ナツィオナーレ・ディレッタンティ(5部リーグ)のボルゴセージャへレンタルとなるが、翌シーズンはモンツァに復帰し、正GKの座を射止め、セリエB昇格も勝ち取った。



 97/98シーズンも引き続き守護神として君臨。ここでのプレーが、ミラン首脳陣の目に留まり、1998年夏、ロッソネーリに移籍となる。

 すると翌年、出場機会が巡ってくる。1999年1月17日、ペルージャ戦にて、セバスティアーノ・ロッシが、中田英寿にPKを決められた直後、ボールを取りに行ったクリスチャン・ブッキへ暴行を働き、一発退場。アッビアーティに突如、出場機会が訪れた。

 この時、ベンチから采配を振るっていたのが、後に日本代表を指揮することとなるアルベルト・ザッケローニで、この試合以降、アッビアーティをすべての試合に起用し、チームを3年ぶりにリーグ制覇に導くのであった。

 それからも、ファーストGKとしてゴールマウスを守ることとなるが、2002年夏、ミランはブラジル人のジーダを獲得。アッビアーティは控えに甘んじることとなった。

 2005年夏には、ユヴェントスへ移籍。ベルルスコーニ杯で、ジャンルイージ・ブッフォンがカカーと衝突して肩を負傷したことで、ミランがアッビアーティを無償でレンタルさせることとし、ブッフォンが復帰するまで、正GKを務めた。

 その後、トリノ、アトレティコ・マドリードへのレンタルを経て、2008年にミランに復帰。ジーダからレギュラーの座を奪取。2009年3月15日のシエナ戦で十字靭帯を痛めたものの、見事に返り咲き、10/11シーズンにはスクデット獲得に再び寄与した。

 U-21イタリア代表としても素晴らしい功績を残した。2000年のU-21欧州選手権にレギュラーとしてチームを支え、好セーブで優勝に導いた。

 しかし、A代表でのキャリアは非常に限られたものだった。その理由は、1歳下にブッフォンがいたからだ。

 2002年FIFAワールドカップメンバーにも招集されたが、出番はなかった。

 A代表デビューは2003年4月30日、ジュネーヴで行われたスイスとのテストマッチ。アッズーリでは4試合に出場したが、すべてがテストマッチでの起用で、公式戦での出場機会には恵まれることがなかった。

 現在はサッカー界から一線を退き、ハーレーダビッドソンの代理店を営んでいる。

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