数々のタイトルを獲得してきたイタリア代表には、常に世界最高峰の才能が集ってきた。その一方で、クラブレベルでは伝説的な実績を残しながらも、輝く機会に恵まれなかった名手たちも存在する。なぜ彼らは代表に定着できなかったのか。今回は10人の選手をピックアップして紹介する。[4/5ページ]
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FW:マルコ・ディ・ヴァイオ
生年月日:1976年7月15日
主な所属クラブ:ボローニャ、パルマ
イタリア代表通算成績:14試合2得点
ディフェンスライン裏への抜け出しとポジショニングに優れたゴールゲッター。179cmと決して上背があるわけではないが、ヘディングからの得点も多かった。
ローマ生まれのマルコ・ディ・ヴァイオは、ラツィオの下部組織出身。同い年のアレッサンドロ・ネスタとともに94/95シーズンにプリマヴェーラの王者となった。
17歳で迎えた93/94シーズンにはトップチームの構想に入り、公式戦2試合に起用された。
翌シーズン、パドヴァ戦でセリエAデビューを果たす。後半、ピエルルイージ・カシラーギに代わって出場し、初ゴールも決めている。
94/95シーズンには、セリエAで3ゴールを記録したものの、その後は、セリエBでの“武者修行”を強いられるが、1997年に完全移籍したサレルニターナで21得点とブレイク。セリエB得点王となって、自らセリエAでのプレーの機会を勝ち取った。
その後、パルマ移籍3年目に、セリエAで20得点の大台を記録すると、2002年夏にユヴェントスから引き抜かれる。2シーズンで公式戦28得点をマークしたが、名門の幹部を納得させるほどのパフォーマンスとはならなかった。
それからは活躍の場を海外に移したが、調子を落とし、国内復帰したジェノアでも不本意な結果に終わった。
しかし、2008年に移籍したボローニャで不死鳥のように再起を果たす。
08/09シーズンにリーグ戦で24ゴールを挙げ、健在ぶりを強烈にアピールした。シーズン終了後には34歳の誕生日を迎えたが、その後も12、19、10得点と4年連続で二桁得点を挙げている。
アッズーリには、2001年9月5日、モロッコとのテストマッチでデビュー。EURO2004予選のアゼルバイジャン戦で初得点を挙げ、本大会での招集メンバーにも名を連ねた。
マルチェッロ・リッピ体制でも、当初は声が掛かったが、2006年FIFAワールドカップの招集メンバーに入ることは叶わなかった。
アレッサンドロ・デル・ピエーロや同い年のフランチェスコ・トッティといった世界的なスターがライバルにいたことや、海外挑戦した2004年以降、コンディションを落としたことで、代表が遠のいていった。
再ブレイクしたボローニャ時代には、年齢的にピークを迎えていたこともあったが、クラブで結果を残していただけに、代表復帰のチャンスが与えられなかったことは残念でしかない。
キャリア晩年は、カナダのモントリオール・インパクトでプレー。再びチームメイトとなったネスタとの共演で、MLSのファンを熱狂させた。

