ファビオ・カペッロ「英国のフットボールはもはや、発祥地のそれにあらず」(前編)

2012年12月20日(Thu)10時45分配信

text by クリスティアーノ・ルイウ photo Kazuhito Yamada
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 当然、その潤沢なる資金力は国外のトップクラスの選手を集めることを可能にし、だが、皮肉なことに、この資金力ゆえの多国籍化こそが本国の若い才能を殺す羽目になっているのもまた事実だ。彼らイングランドの若手がプレミアに上がることはまさに至難の業。

 とはいえ、これもまた逆説的になるのだが、その過酷な競争を勝ち抜いてきた若手は、それこそかつてのルーニーがそうであったように、直ぐにでもトップレベルで活躍できるだけの力を備えている。私も代表監督時代は随分と2部(First Division)を見て歩いたのだが、そこには実に多くの興味深い若手がいたものだ。

 ただし、この過度な外国人選手の数という現状はやはり、ここ10~15年に渡り続いてきたイタリアの失策と同じと言うべきだろう。世界中の超一流が一堂に会すセリエAを持ちながら、そのレベルに見合う結果をなかなか得ることができなかった。

 今は隆盛を極めるプレミアも、おそらく、いくつかの面を改める時に来ていると言えるのではないか。もちろん、かといって何かをドラスティックに変える必要はないのだろうが……」

プレミアの多様性は突出している

――2部も隈無く視察されたミスターは、プレミアリーグを主体として見てこられたわけですが、イングランドの文化的な特徴、フットボールの特徴をどのようにお考えなのか、改めて聞かせていただけるでしょうか?

「ひと言で言えば、これもさっきの言葉と意味はそう変わらないのだろうが、やはり『英国のフットボールはもはやサッカー発祥地のそれにあらず』。余りに古い話で恐縮だが、例えばこの私が現役だった当時、60~ 70年代、イングランドのチームとの試合は、対戦相手がどこであろうが、すべてが同じ意味を持っていた。彼らとの試合は、『格闘』でね。強烈に深いタックルと肉弾戦、ロングボールとカウンターの応酬。もちろん、それはそれで実に面白い試合が繰り返されていたものだ。

 だが今は違う。国外の監督たちが持ち込んだ異文化が徐々に浸透し、ある意味それは『伝染』とも言えるのだろうが、いずれにせよ、その結果として彼ら本来のスタイルというDNAに異なる遺伝子が組み込まれたと言えるのか。もちろん、それこそ下部リーグに目を移せば今も『古き良き時代』の名残はまだ見られるのだが、その数はもはや希少でしかなく、ことプレミアとなればもうその性格は明らかに過去とは異質だ。

 だから私は、下手な懐古趣味と言われるとは知りながらも、イングランド代表監督だった当時、2部を頻繁に見に行きながら、とりわけ好んでポーツマスに足を運んだものだ。あの『フラットン・パーク』の佇まいが、あの木造の何とも言えぬ趣が本当に大好きでね。

 だが、ひとたびプレミアに戻れば、そこにはまるでセリエAのような、またはリーガのそれかと見紛うような試合が多く、アーセナルを見るということはつまり、ほぼフランスのそれを見るに等しいという現実があった。他のリーグが尚もその国の独自性を保っている中で、やはりプレミアの多様性は突出しているし、異質だ。さながらフットボール版『greatest hits』とでも言うべきか……。もちろんそれは、サッカーにおける最高峰がプレミアであるという紛れもなき証左でもある」

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