【育成大国ニッポンの作り方】香川真司の源泉をめぐる旅(後編)

2013年01月04日(Fri)16時46分配信

text by 安藤隆人 photo Kenzaburo Matsuoka
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クルピが語る香川が成長した要因

 レヴィー・クルピ。香川がプロ2年目を迎えた2007年5月。C大阪にやってきた指揮官は、すぐに彼のプレーにほれ込んだ。

 クルピはすぐに彼をリーグ戦に起用。ポジションもこれまでのボランチではなく、「彼は点を取る事が好きで仕方が無い選手だった。点を取る喜びを知っていて、ゴールに向かっていく能力を持っている」と、トップ下で起用。若干18歳の香川に攻撃の全権を与え、クルピが掲げるアタッキングサッカーの象徴として、重宝し始めた。

 香川にとって、この巡り合わせは非常に大きかった。後に彼はこう語っている「自由にやらせてもらったことは大きかった。自分のやりたいことをどんどんチャレンジできたし、何より点を取る事にこだわりを持てた」 クルピの下で点が取れるアタッカーとしての能力をグングンと伸ばし、それがドルトムントというクラブに興味を持たれ、ドイツで大成功を収める最大の要因になった。

 ドルトムントに移籍するタイミングも最高だった。2009年のJ2リーグで27ゴール13アシストをマークし、J2MVPに輝いた彼は、翌年はJ1で半シーズンを戦い、11試合で7ゴールをたたき出した。

 そして2010年7月にドルトムントへ。Jリーグには収まらないレベルになった彼に、すぐにブンデスリーガという相応な環境が与えられた。ここでも若手育成に定評のあるユルゲン・クロップ監督の下でプレー。その才を磨き続け、リーグ2連覇の立役者となり、夢のビッグクラブへの移籍を勝ち取った。

 着実にステップアップしていく香川に対し、クルピは後にこう語っていた。

「タイミングよく若手を起用しても、失敗するケースもあるし、タイミング悪く起用しても、成功するケースもある。いろんなことが言える。運命、運の部分だ。それを論理的に説明することは誰も出来ない。ただ、大事なのはサッカーが好きで好きで仕方が無く、それで飯が食べられる喜びを感じていること。サッカーに対する愛情がないと成功しないし、成長しないと思う。成功するか否かの一番のカギは、夢を追い続けられるか、そうでないか。そういう意味で香川は輝いていた」

 香川真司が香川真司たるゆえん。それはいつまでたっても変わらない、永遠のサッカー小僧であること。そのパーソナリティーが周囲に必要な人間を近づけ、彼らが香川に対して、育つべき良質の環境を与えてくれる。その連続が今の香川真司を生み出している。

「彼の歩んできた環境は幸運の連続だった気がします。認めてくれた日下さんを始め、本当に周りに恵まれていました。いいボールを使う、いいピッチがあるからではなく、選手を認めてあげる環境を作り上げることが大事。真司はアベレージは高いけど、体格的に優れた選手ではなかったし、特出した何かを持っている選手ではなかった。でも、大きい、強い、速い以外でも成功した選手がいるんだよと、真司を通してみんなに伝えたいです。努力の大切さ、サッカーが好きであることの大切さを伝えていきたい」(小菊)。

 香川真司は生まれるべくして生まれた。彼が今に至ったのは、彼が置かれた環境と、彼自身のサッカーに対する愛情に要因があった。中学、高校の5年間、ドリブルに特化出来た環境。それでいて、エゴイストにならずに、チームとしてのサッカーを追求出来た、レベルの高いチームメイトたち。そして、いち早く才能を見抜き、更なる上のステージを用意したC大阪と、それを容認したクラブスタッフ。そして何より、彼がいつまでたってもサッカーを愛してやまないサッカー小僧であること。

 すべての環境がマッチし、日本代表の10番、マンチェスター・ユナイテッドの香川真司が誕生したのであった。

【了】

初出:サッカー批評issue57

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