なぜ槙野智章は広島に戻らなかったのか? 代理人が語る移籍市場の見方

2013年05月14日(Tue)6時30分配信

text by 飯尾篤史 photo editorial staff
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波紋を呼んだ槙野智章と安田晃大のケース

 サポーターが内情を知らないために、不満を募らせるケースもあります。

 例えば、私たちの契約選手である槙野智章が2011年1月にサンフレッチェ広島からケルンに移籍しました。1年半後、当社としては不本意でしたが彼は日本に帰ることになり、ケルンから浦和レッズに期限付き移籍することになった。

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槙野智章【写真:編集部】

 実はそのとき、広島にも声を掛けたんです。それが筋だと思ったから。そこで広島に「今は獲得できない」と言われたから、浦和に加入した。

 その1年後、浦和が「完全移籍で獲得したい」と申し出てくれたときも、広島に伝えています。それで広島が「うちは獲得しない」と言ったから、浦和との交渉の席に着いたんです。

 広島のサポーターからしたら、「なんで帰ってこないんだ」「この裏切り者」といった思いがあるかもしれません。でも、実はそういう背景がある。

 また、こんな例もあります。私たちの契約選手で、ガンバ大阪のジュニアからの生え抜きだった安田晃大(現・東京ヴェルディ)がプロ4年目の11年にギラヴァンツ北九州に移籍しました。

 このとき、期限付き移籍ではなく、いきなり完全移籍だったので、疑問に思ったサポーターもいたそうです。これは本人の意向なのか、それとも代理人の意向なのか、と。

 実はこのとき、安田晃大はガンバ大阪からゼロ円提示を受けていた。でも、クラブはそれを公表せず、移籍が決まったことだけを発表したんです。

 ジュニアからの生え抜き選手を3年で放出したら、サポーターから非難されると考えたのかもしれません。でも、保有選手の数は限られているわけだし、出場機会のない選手を抱えておく必要もない。堂々と公表すればいいんです。

 もっと言えば、クラブは選手との契約年数も公表すべきだと当社は考えています。それによって、クラブが思い描いている未来のビジョンが明確になるし、選手がなるべくこのクラブにいたいと思っているのか、海外移籍を視野に入れているのか、などの考えもサポーターに伝わるからです。

(このインタビューの全文は『サッカー批評62』に掲載されています)

【了】

プロフィール

田邊伸明 Nobuaki Tanabe
1966年東京都生まれ。株式会社ジェブエンターテイメント代表取締役。日本サッカー協会認定選手代理人。日本サッカー協会公認C級コーチ。1991年からサッカー選手のマネジメント業務を開始。2000年FIFAより選手代理人ライセンスの発行を受ける。

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