なぜ? 14年、日本代表で輝けなかった5人の名手。ザッケローニに評価されなかった男たち

2023年04月28日(金)0時00分配信

シリーズ:日本代表で輝けなかった5人の名手
text by 編集部 photo Getty Images
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アルベルト・ザッケローニ監督率いる日本代表は2010年に発足し、2014年ブラジルワールドカップをもって終焉を迎えた。その間、様々な選手が名将の下でプレー。本田圭佑や香川真司らが存在感を放った。一方で、活躍できなかった選手もいる。今回は、ザックジャパンにおいて輝けなかった5人の選手を紹介する。


DF:田中マルクス闘莉王

田中マルクス闘莉王
【写真:Getty Images】


生年月日:1981年4月24日
日本代表成績:43試合8得点
ザックジャパン成績:0試合0得点

 2010年の南アフリカワールドカップで、岡田武史監督率いる日本代表はベスト16進出を果たした。その原動力となったのが中澤佑二、そして田中マルクス闘莉王によるセンターバックコンビ。パワフルさと高さを兼ね備えたこの両者は、同大会4試合でわずか2失点という堅守を築き上げている。

 闘莉王は南アフリカW杯終了後から日本代表に招集されなくなった。しかし、日本代表が2013年3月に行われたブラジルW杯アジア最終予選のヨルダン代表戦で1-2と敗戦。さらにコンフェデレーションズカップで失点が積み重なったこともあり、当時名古屋グランパスで守備の要としてだけでなく、FWとしても存在感を示していた闘莉王のザックジャパン招集が期待されるようになった。実際、当時にはアルベルト・ザッケローニ監督が闘莉王の招集を示唆したとも伝えられていた。

 しかし、最終的に闘莉王がザックジャパンでプレーすることはなかった。当時のCB陣にはディフェンスラインを高く保つことが求められていたため、最終ライン中央に立つのは背後のスペースをしっかりとカバーできる人材が好ましかった。だからこそ、スピードに難のある闘莉王は、待望論が高まる中でも最後までザックジャパンに縁がなかったと考えられている。

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