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小社主催の「サッカー本大賞」では、4名の選考委員がその年に発売されたサッカー関連書(漫画をのぞく)を対象に受賞作品を選定。選考委員の一人でもあるフランス文化研究者、作家、文芸批評家の陣野俊史氏にサッカーにまつわるあれやこれやに思いを巡らせてもらう連載「ゲームの外側」第7回は、応援しているリーグ・アンのOMについて。と、ずっと気になっているVARについて。
(文:陣野俊史)
いや、そうじゃないじゃん、とOMサポーターは思う

【写真:Getty Images】
地味な試合の話をしよう。
あ、私はフランスリーグ(リーグ・アン)のOMをずっと応援している人間だ。
OM、つまりオランピック・ド・マルセイユ、通称マルセイユである。
どうもやはり港町でないと応援できない気質であることは認めつつ。
噂では大統領のエマニュエル・マクロンもマルセイユのサポーターらしく、パリ・サンジェルマン時代のキリアン・ムバペにOMに移籍するよう執拗に勧めた、という話もある。
大統領がOM贔屓なんて、笑えない話なんだが……。
本当はパリ・サンジェルマンとのクラシックの話をすればいいのはわかっているのだが、どうもずっとサッカーの話ができそうにないので(そもそも1対3で敗れた試合の何を語ればいいのか、ピュタン!)、ずっと気になっていることを。
2025年2月23日に行われた、リーグ・アン第23節のオセールとOMの試合。
地味な立ち上がり。
ちなみに先発メンバーには、オナイウ阿道はいない(オセール所属のはず)。
互いに決定的チャンスが幾つかあるけれど、決めきれない。OMはポールに嫌われ、オセールのほうはエリア内でFWがキックミスしたり……。
あまり締まらない感じで時間だけが経つ。得点経過だけ書けば、前半の34分。
左のサイドバックからの大きく弧を描くクロスが、オセールの右サイドの前線へ。
サイドチェンジとともに、右のウイングの位置にいたFWのペランが足元でボールを収める。
OMゴールに迫る。右サイドから切れ込んでエリア内へ。左足一閃。
ボールは面白いように綺麗な曲線を描いて、枠内に吸い込まれる。0対1。ホームのオセールが先制する。これは仕方ない。
シュートが素晴らしかった。
空気が変わったのは前半終了直前のこと。
アディショナルタイムが3分で、すでに2分近くが経過。右サイドを駆け上がってきたOMのメルランが、ドリブルでオセールのエリア内に侵入する。
DF2人が挟み込むように止めようとするが止まらず、メルランは足がかかった(かどうかは、視点によるか)反動で倒れる。
OMの選手たちは全員、同時に両手を挙げてアピールする。
ボールがこぼれて、再びOM側に、ボールを繋いでシュートまで持っていくがブロックされる。
そしてそのボールをオセールの選手たちが遥か前線へ蹴り出すと、まるで手品のようにパスが繋がって、息つく間もなく、ボールはOMゴール前。
走り込んだオセールMFに苦もなく決められる。0対1。やれやれ。
運とか流れとか、あるいは天の導きとか、いろいろあるけれど、この場面の何がいけないって、オセールの2点目のゴールがオフサイドになったこと。オフサイドの部分はVARの判定。
つまり主審は、そのまま流そうとしたのだけれど、VARでオフサイドは認められて、点数は0対1に戻り、そのまま後半へ……という流れなのだが、いや、そうじゃないじゃん、とOMサポーターは思う。
オフサイドの判定の前の、あの、ゴール前で倒された事象に対する判定は? ないの? 何度見ても足がかかっているんだけれど。
そこは流して、オフサイドは流さない、という流儀なわけ? 言いたくないけれど、VARの使い方が恣意的だ。
最後だけきっちりVARを使っているなら、その前、メルランが倒されたところもVARを使ってくれ、という気分は、たぶんこの試合を観ていたすべての人に共有されているのではないか、と推測する。
VARは仕方ないけれど、なんだか、運用が恣意的だ、というのはどこの国のリーグでも指摘されているのか、いないのか。Jリーグはどうなのか。
現在、OMの監督を務めているのは、イタリア人のロベルト・ゼ・デルビだ。
周知のように、イングランドのブライトンで監督の重責を担っていた。2022―23シーズンの成績はよかったと記憶する。
2年目の23-24シーズンが過密日程でチーム力がダウン。解任となった。
ブライトンの前は、シャフタール・ドネツクの監督をやっていた(アンディ・ブラッセル『流浪の英雄たち シャフタール・ドネツクはサッカーをやめない』カンゼン、は名著です)。
プーチンの戦争のせいで、そこでもチームを離れた。いわば苦労人だ。
オセールとの試合のあと、ゼ・デルビは怒っていた。フランスのリーグ・アンの審判のレベルに言及した。
少なくとも3回、ミスジャッジした、と。3回もあったのかどうか、素人の私にはわからないけれど、じつはこの試合だけではない。無数に誤審の指摘はある。
フランスのリーグが特に多いのかどうか、寡聞にして私は知らないが、じつは、この試合でいちばん記憶に残ったのは、波乱含みの展開で、それでも0対3でホームのオセールが快勝すると、一瞬だけ、スタンドの老人が映った場面だった。
あ、と思った。ギー・ルーだ。オセール一筋、30年以上監督を続けた伝説の人。御年88歳。
やっぱりスタジアムに観に来ていたんだな、と思ったし、ギーはVARに左右される試合をどう見たのかな、とも思った。
彼に幾つか質問をしたいなあ、叶わない夢だけれども、とも漠然と感じていた。
数日後、フランスの日刊紙『リベラシオン』にギーのインタビューが掲載された。記者は勇んで出かけて、ギーにインタビューしている。だが、肝心のVARの件は尋ね忘れている。
なんてことだ! と私は思ったが、このインタビューがやたらと面白い。
「敵」と名付ける存在は、ドイツだったこともロシアだったこともない、私にとって「敵」とは、ジャン・フェルナンデスただ一人、とか、PSGやフランス代表の誘いを断った過去について、老人は延々と話していて、興味深いところが満載なのだが、大部分がサッカーと関係ないので、割愛します。
一カ所だけ、サッカーにまつわることを述べていて、「選手のホモセクシュアリティを理解するのに70年、かかった。自分で自分を教育したんだ」と喋っている。
で、VARについてはどう思いますか、ギー?
(文:陣野俊史)
陣野俊史(じんの・としふみ)
1961年生まれ、長崎県長崎市出身。フランス文化研究者、作家、文芸批評家。サッカーに関する著書に、『フットボール・エクスプロージョン!』(白水社)、『フットボール都市論』(青土社)、『サッカーと人種差別』(文春新書)、『ジダン研究』(カンゼン)、共訳書に『ジダン』(白水社)、『フーリガンの社会学』(文庫クセジュ)がある。その他のジャンルの著書に、『じゃがたら』『ヒップホップ・ジャパン』『渋さ知らズ』『フランス暴動』『ザ・ブルーハーツ』『テロルの伝説 桐山襲烈伝』『泥海』(以上、河出書房新社)、『戦争へ、文学へ』(集英社)、『魂の声をあげる 現代史としてのラップ・フランセ』(アプレミディ)など。
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【了】