リバプールからレアル・マドリードに移籍した前例
今回のアレクサンダー=アーノルドと比較をされるのが、同じく生え抜きで、1999年夏にフリーでレアル・マドリードに移籍したスティーブ・マクマナマンである。移籍した時の年齢も26歳と27歳と近い。
1999年1月にレアル・マドリードへの移籍を発表すると、フリー移籍だったことも含めてファンの怒りを買ったそうだ。しかし、大きな違いがあるのは、マクマナマンはリバプール時代にCLでプレーしたことがなかったこと。より大きなタイトルを獲得するための移籍だったとも言えるかもしれない。
次にリバプールからレアル・マドリードに移籍したのが、“ワンダーボーイ”と呼ばれたマイケル・オーウェンである。2001年にはバロンドールを受賞し、1997/98シーズンからは7季連続でチーム得点王に輝いていた絶対的エースは、2004年夏に1200万ユーロ(約19.2億円)の移籍金を残して退団した。
しかし、レアル・マドリードでは1年しかプレーすることなく、翌年にニューカッスル・ユナイテッドに移籍。アンフィールドでプレーする度に激しいブーイングが浴びせられると、後にリバプールのライバルクラブでもあるマンチェスター・ユナイテッドへ移籍する。
これにより、KOP(リバプールファンの愛称)の反応はさらにエスカレート。通算158ゴールという圧倒的な結果を残しながらも、一部のファンからは嫌われる存在となってしまった。
2009年夏には、アルバロ・アルベロアとシャビ・アロンソの両名がレアル・マドリードに移籍。前者は2年ぶりの古巣復帰という形だったため、移籍は既定路線に近かったが、来季から監督として復帰する可能性が高まっている後者の退団は痛恨の極みだった。
後任探しにも苦戦を余儀なくされ、リーグ戦では7位と低迷。ラファ・ベニテス監督はシーズン終了後に双方合意の下での契約解除でリバプールを去った。
一方でレアル・マドリードの“誘惑”に惑わされなかった選手もいる。ロサンゼルス・ギャラクシーに移籍した晩年を除いてワンクラブマンを貫いたスティーブン・ジェラードだ。