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コラム 4か月前

ブレッシャ・カルチョの消滅とあっという間の再生。そしてフェラルピサローの終焉。激動の38日間で何が起こったのか【コラム】

シリーズ:コラム text by 佐藤徳和 photo by Getty Images

突然のクラブ名変更にフェラルピサローのサポーターは…

 ブレッシャは、ロンバルディーア州でミラノに次ぐ人口を擁し、イタリア有数の工業地帯の中心都市である。そのブレッシャ経済界の名士として名を馳せるのが、救世主となったパジーニだ。

 63歳のパジーニは、ブレッシャ県中部オードロの生まれ。2008年、父カルロが創設したフェラルピ社の会長に就任。その翌年に、サロー・ヴァルサッビアとフェラルピ・ロナートが合併して誕生したクラブ、フェラルピサローの会長に就いた。

 セコンダ・ディヴィジョーネ(当時の4部リーグ)からスタートを切り、22/23シーズンにはセリエBに昇格。“ブレッシャ・デルビー”を実現させ、2戦して2引き分けと意地を見せたが、第24節から一度も降格圏を脱出することができず、19位で1年を終えている。

 今回のブレッシャ・カルチョの消滅では、それほど強力なライバル関係にはなく、本拠地での観客動員が1000人に満たないクラブのフェラルピサローが救済に乗り出したが、フェラルピサローにも熱狂的なサポーターがいなかったわけではない。彼らは突然のクラブ名変更に失望した。

 サポーターグループ『フォッサ』のリーダー、フェリーチェ・マーグリは「我々に何が起きるのかを知りたい。クラブの代表団と会ったが、何の説明もなかった。これでは我々のグループが崩壊するだけでなく、この地域の関心までも失われてしまう」と嘆いた。

 また『ヴェッキア・グアルディア』のフランツ・ボッキオはこう語る。

「チェッリーノは2つの町のサッカーを滅ぼした。ブレッシャの町の仲間たちのためには嬉しいことだが、こんな形で終わってしまっては、サローのサッカーはどうなってしまうのか? リノ・トゥリーナ・スタジアムの問題がパジーニ会長の決断に大きく影響したのだろう。もしも、我々に規定を満たすスタジアムがあったならば、おそらく今ごろはこんな状況にはなっていなかったはずだ」

 収容人数2364人のフェラルピサロー本拠地はセリエBの基準を満たすことができず、23/24シーズンは、エミーリャ・ロマーナ州ピアチェンツァのレオナルド・ガリッリ・スタジアムを使用して戦った経緯があった。

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