サッカー日本代表は14日、キリンチャレンジカップ2025でブラジル代表と対戦した。前半に2点を先行されながらも後半に3点を奪い、日本代表は通算14試合目にして初めてブラジル代表に勝利。劇的な逆転劇の舞台裏を、選手たちの言葉から描く。(取材:元川悦子、取材・文:加藤健一)
自信か過信か慢心か
自信か過信かどうかは、結果によって決まる。おそらく、ブラジル代表は自分たちのことを過信していた。いや、それは慢心だったかもしれない。
「この記録はこのまま続けさせていただきたい」
13日の前日会見で、ブラジル代表が未だかつて日本代表に負けていないことについて問われたブルーノ・ギマランイスの回答がこれだった。
「日本には素晴らしい選手がいるが、スペースを与えず、我々がコントロールしていきたい。韓国戦と同じように」
ギマランイスは「ありがとう。さよなら」と日本語で言い残し、会見を終わらせた。5-0で勝利した3日前の韓国代表戦のように物事は上手くいく。そう思っていたのだろう。
また、監督会見ではカルロ・アンチェロッティ監督に対する質問として、韓国代表戦のパフォーマンスを受け、8カ月後に控えるFIFAワールドカップ26に向けたサバイバルレースとチームの成熟に関する質問が集中した。
裏を返すと、ブラジルメディア日本代表戦に関しての質問をほとんどしなかった。過去に13度対戦して2分11敗。対戦成績を見れば当然かもしれない。ブラジル代表から見れば、日本代表戦は単なる調整の場でしかないのかと思った。
「どうやったら負けないじゃなく、こうやったら勝てる」
森保一監督の前日会見は、やや控えめな印象を受けた。
「親善試合で勝ちたいですけど、本番で勝てる力をつけるということで、明日の試合でまずは経験を積み重ねて力をつけられるように。勝利を目指しながらワールドカップで勝つための力をつけられたらと思います」
指揮官は「ブラジルに初勝利したいという気持ちでいますし、できるだけの選手がいるなと思っています」と前置きしている。ただ、あくまでも現場で聞いていた印象だが、勝利を目指すとも明言しながらも、「あくまでワールドカップを見据えて」というニュアンスを強調しているように感じた。
だが、選手たちの意気込みは、少し違っていた。
「楽しみな気持ちはとても強い。ただ、勝ちたいという気持ちの方が強いので、どうやったら勝てるかをみんなで確認しながら良いトレーニングができた」(谷口彰悟)
「ビビってるとかいうよりも、本当に楽しみにしてるし、絶対みんな勝てるっていうふうに思っている。どうやったら負けないじゃなく、こうやったら勝てるというところから入っている」(橋岡大樹)
それは強がりでも虚勢でもなく、本音だったことは、試合が始まると分かった。
ミドルゾーンでコンパクトな陣形を保ちながら、縦パスをスイッチに囲い込むように奪いに行く。相手のバックパスに呼応してハイプレスをかけてプレッシャーを与える。
何度かボールを奪ってカウンターを仕掛ける場面は序盤から作っていた。それを受ける形になったブラジル代表は明らかに焦りの色を見せていた。
ブラジル代表ベンチから飛ぶ指示
20分あたりから、日本代表が連続で攻撃する時間帯が2分ほど続いた。堂安が右サイドから縦に仕掛けてクロスを入れ、ニアで南野拓実がトラップして右足を振る。ファーで上田綺世が詰めたが、ボールは惜しくも枠を捉えられなかった。
ゴールキックで再開するまでの十数秒の間に、ブラジル代表ベンチからスタッフが飛び出し、反対サイドにいるパウロ・エンリケを呼ぶ。スタッフは大きな身振りで、腕を右から左へと動かす。おそらく、上がっていけという指示だったのだろうと推測できた。
その2分半ほどあとだった。ギマランイスにパスを出したエンリケが駆け上がる。ギマランイスはルーカス・パケタに楔のパスを出してリターンをもらうと、裏に走るエンリケにパスを通した。抜け出したエンリケはダイレクトでゴールネットを揺らしている。
さらに、その6分後にはパケタの浮き球のパスを受けたガブリエウ・マルティネッリが左足でゴールネットを揺らす。
あっという間に0-2。スイッチが入ったブラジル代表はやはり手ごわい。そう簡単に勝てる相手ではない。
ただ、選手たちの認識は少し違っていた。鎌田大地はこう振り返る。
「本当にもったいない失点の仕方。ただ、そんなにやられた感じはしなかった」
失点シーンこそよくなかったが、全体を通してみれば悪くない。ただ、0-2というスコアは変わらない。格上相手の2点ビハインドはメンタル的にも重くのしかかるはずだ。堂安律はその空気を敏感に感じ取っていた。
「(遠藤)航君がいない。(板倉)滉君がいない。(三笘)薫君がいない中で、前半からちょっと。なんかこう…ネガティブな、何かを変えようとする選手が少ないなと正直、前半は感じていた」
ハーフタイムのロッカールームで何が…
「チーム的にも若いですし、まだまだ経験の浅い選手も多い中で、どうしてもネガティブになりがちなので、ポジティブにトライしようというのは、(南野)拓実君と僕が先頭になって声をかけていた。そこは非常に有意義な時間を過ごせて後半戦に臨めた」
空気の変化を感じたのは中村だ。
「ハーフタイムのミーティングでみんなで意思疎通して、やり方を前から行くっていうふうに変えたっていうので、(流れが)変わったと思います」
そのポジティブな空気感を、鈴木彩艶も感じていた。
「ハーフタイムに戻ってきたときのロッカールームの雰囲気だったり、誰1人下を向いている選手はいなかったですし、本当にポジティブな声が非常に多くて、後半も本当に勢いを持って臨めたので、選手の声かけを含めてチームの雰囲気の良さが大事なのかな」(鈴木彩艶)
森保監督も選手たちのメンタリティを評価している。
「前半は厳しい試合だったところで、切れずに戦い続けてくれて、ハーフタイムに戻ってきたときも建設的に後半どうしたらいいかを冷静にコミュニケーションを取ってくれた。コーチが選手たちに後半、明確な役割を与えてくれ、集中力を切らさずにやってくれたことで試合をひっくり返せた」(森保一)
油断すれば喰われる。ワールドカップ優勝へ近づく一歩
戦術的な修正を加えた日本代表は、より前向きにプレーできる場面が増えていく。52分には日本代表の連動したプレッシングが相手のミスを誘い、1点を返す。
「相手のミスではありましたけど、プレスはしっかりハマっていたと思います。後半はうまくみんなで守備をはめていけた結果、生まれた得点だと思うので良かった」(佐野海舟)
62分には伊東純也のクロスをファーで中村敬斗が合わせ、71分には伊東の左CKを上田綺世が頭で合わせてゴールネットを揺らした。
こうしてブラジル代表に勝利という、新たな歴史は作られた。
ブラジル代表からしてみれば、慢心が招いた敗北だったかもしれない。ただ、ブラジル代表に勝利したという事実は変わらない。
試合終了のホイッスルを聞いた直後、選手たちは親善試合と思えないほど喜びを全身で表現していたが、ミックスゾーンで取材対応するときには冷静に試合を振り返っていた。
森保監督も、ここからが本当の勝負だと気を引き締める。
「選手たちには手放しで喜んでほしいっていうところはありますが、ここからおそらくマークはさらにどの対戦国も厳しく我々をマークしてくると思いますし、勝つのは公式戦の中で勝つというところで、ブラジルという世界強豪に公式戦で勝つというところを、今日の試合の自信と、そしてこれからの警戒も含めて前進していかなければいけない」
前日会見と試合後会見の言葉が、奇しくもつながった。ここで終わりではないということを、森保監督は試合前から言っていたのだった。
世界的に見れば、日本代表を優勝候補に挙げる人はほとんどいないだろう。しかし、油断すれば喰われる。そう思わせたことで、ワールドカップ優勝という目標に一歩近づいたと言える。
(取材:元川悦子、取材・文:加藤健一)
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