現在多くの日本人選手が欧州の舞台でプレーすることが主流になり、世界トップの選手と共闘する機会が増え始めている。サウサンプトン時代のファン・ダイクと吉田麻也のように有名になる前の選手とチームメイトだった日本人プレーヤーも存在する。そこで今回は、一流になる前のスーパースターとかつて戦友だった日本人選手を紹介する。※成績は24日時点の『transfermarkt』を参照。[5/5ページ]
細貝萌(ほそがい・はじめ)

【写真:Getty Images】
生年月日:1986年6月10日(39歳)
元チームメイト:ダニ・カルバハル(現在:レアル・マドリード)
チームメイトだった時期:2012/13シーズン
当時の所属クラブ:レバークーゼン(ドイツ)
所属クラブでの公式戦通算成績:23試合0得点0アシスト
細貝萌とダニ・カルバハルがかつてレバークーゼンでチームメイトだったという事実を聞いて、疑う人間は少なからずいるだろう。
それもそのはず。両者ともに長いプロキャリアの中でたった1シーズンしか同クラブに所属していなかったのだから。
2005年に前橋育英高校から浦和レッズに加入した細貝は、6年間同クラブに在籍。その間に6つのタイトルを獲得し、日本代表にも選出された。
その細貝は、2011年にドイツの強豪レバークーゼンに移籍するが、1年半はアウクスブルクにローン移籍することとなった。
そして、修業を積んだ細貝は、2012年6月に所属元のクラブに戻ることとなる。
その1か月後の7月にレアル・マドリード・カスティージャからカルバハルが移籍。ほぼ同時期にチーム加入することとなった。
先に出場機会を得たのは、まだ当時20歳のカルバハルだった。
ブンデスリーガ開幕戦と第17節を除いて全試合に出場し、1得点8アシストと加入1年目から十分すぎる成績を残した。
一方、細貝はなかなか出番を得られず、1年目はリーグ戦17試合のみの出場となった。
また、本職である中盤での起用はわずか4試合だけで、残りのほとんどは左SB起用での出場となり、カルバハルと共にレバークーゼンのサイドを支えた。
その翌シーズンには、互いに同クラブを退団。細貝はヘルタ・ベルリンへ移籍し、カルバハルは古巣であるマドリーに復帰した。
それ以降は、それぞれ両極端だ。細貝は多くのクラブを転々とし、柏レイソルを含む6チームに所属。そして今年の2月に引退した。
逆に、カルバハルは現在もマドリーに在籍し、ここまで26個のタイトルを獲得。同クラブのレジェンド的存在になっている。
今となっては誰もが知るカルバハルとわずか1シーズンだけだが、SBコンビを組んでプレーしていたのは、日本人選手にとって一生誇れることだろう。
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