フットボールチャンネル

コラム 1か月前

“マルディーニの再来”は本物か。ミランの未来、バルテザーギとはいったい何者? イタリア代表に相応しいその才能【コラム】

シリーズ:コラム text by 佐藤徳和 photo by Getty Images

ミランDFダヴィデ・バルテザーギ
ミランのDFダヴィデ・バルテザーギ【写真:Getty Images】



 セリエA第15節、ミラン対サッスオーロの試合で、その若者は輝きを放った。ダヴィデ・バルテザーギである。DFでありながら2得点を記録し、ミラニスタを歓喜へと導いている。“マルディーニの再来”とも称される逸材は、本物なのか。ミラン加入から、トップチームで輝きを放つまでの歩みを振り返りつつ、彼の才能の可能性を見ていく。(文:佐藤徳和)[2/2ページ]
——————————

まるでバストーニ?

 ビアンケッシによって優れた洞察力を持つと称されるマレッリのお眼鏡に叶ったダヴィデであったが、ミランで頭角を現すまでには時間を要した。

 15歳の頃にはなかなかレギュラーをつかめず、試合も途中出場が多かった。

 ビアンケッシはそれでも、バルテザーギの才能を信じてやまなかった。

「ミスをした後でも、集中を切らさずにいた。一見、気難しいように見えるやつだが、信頼するようになれば本当に良い子だ」

 その後、新型コロナウィルスの影響でU-16の公式戦はほぼ消滅するも、2004年組のカテゴリーに“飛び級”で数試合出場した。そして21/22シーズンにはクリスティアン・ランティニョッティ監督率いるU-17の中心選手として、飛躍を遂げた。



 さらに、翌シーズンには、プリマヴェーラに昇格したが、順風満帆な1年ではなかった。

 アンドレーア・ボッツォラン(ミラン・フトゥーロを経て、現在はセリエBのレッジャーナに所属)と出場を分け合い、リーグ戦は17試合の出場にとどまった。

 しかし、2023年夏のアメリカ合衆国遠征でトップチームに帯同すると、ユヴェントス、バルセロナ相手に途中出場し、首脳陣から信頼を勝ち取った。

 プリマヴェーラの指揮官だったイニャツィオ・アバーテ(現ユーヴェ・スタビア監督)は、「インテルの(アレッサンドロ・)バストーニ」を彷彿させると述べている。

 現在のイタリア人DFの中で、バストーニは最も高く評価される一人だ。身長は、1メートル90のバストーニに対し、バルテザーギが3センチ高い。左足の技術と体格の面で共通点があるため、将来的には左サイドバック以外のポジションも務められる可能性がある。

 だが、サッスオーロ戦で決めたように得点力の高さも売りだ。左サイドバックか、センターバックか、どちらがベストのポジションなのか、悩ましいところだ。

 迎えた23/24シーズン、バルテザーギはプリマヴェーラと並行してトップチームにも招集されるようになった。そして、9月23日、“その時”が訪れる。

「監督に呼ばれたときは、足が少し震えたよ」

 ヴェローナ戦、1-0でリードしていた試合終盤、ステーファノ・ピオーリ監督がついに彼の名を呼ぶ。

 アレッサンドロ・フロレンツィに代わってピッチへ。出場時間はわずか16分だったが、当時17歳のダヴィデにとって、それは特別な瞬間だった。

「言葉では言い表せない。予想していなかったことだったから……。監督に呼ばれたときは、足が少し震えたよ。でも今は、デビューできたことが嬉しい」と語っている。

 10月2日には2026年までプロ初契約を締結し、このシーズンは、セリエAで6試合、プリマヴェーラで16試合の出場記録を残したが、24/25シーズンのバルテザーギの活躍の場は、この2チームではなかった。



 2024年6月27日に設立されたミランのセカンドチーム、 “ミラン・フトゥーロ”となった。もし、このリザーブチームが作られていなければ、ミランと名がつかないクラブへのレンタルが行われていた可能性が高かった。その意味でも、創設のタイミングは絶妙だった。

 ミラン・フトゥーロの1年目の戦績は散々な結果に終わった。セリエCグループBで18位となり、残留プレーオフの末にセリエDへ降格の憂き目に遭った。

 だが、このチームが残した最大の成果は、成績だけでは測れない。

 彼らが降格したからといって、ミランのプロジェクトに失敗の烙印を押すのは、あまりにも乱暴だ。バルテザーギが今トップチームで躍動しているのは、この1年をミラン・フトゥーロで過ごしたからにほかならない。

 バルテザーギは、今年5月に2030年までの契約を延長した。クラブからは「将来を担う中核の一人」として高く評価されている。

運命のW杯POで初招集はあるのか?

 今季、セリエAでは、第5節のナポリ戦で途中出場して以降、2試合に途中出場し、9試合に先発出場した。

『ラ・ガッゼッタ・デッロ・スポルト』によるバルテザーギの平均採点は「6.5」。これは、ルカ・モドリッチの「6.72」、アドリアン・ラビオの「6.63」に次ぐ、チーム第3位の評価だ。

 ミランのDFとして、6シーズンにわたり左サイドバックとして君臨し、最多得点記録を誇るテオ・エルナンデスの存在も今では霞んで見えるほどである。

 その成長ぶりは、代表関係者の目にも留まった。10月10日には、U-21イタリア代表からも招集を受けた。

 さらには、A代表のジェンナーロ・イヴァン・ガットゥーゾ監督も、12月19日に開催されたナポリとのスペルコッパ・イタリアーナ準決勝前にバルテザーギの招集を示唆している。

「もちろん彼を招集する可能性はある。彼がとても良いプレーをしているのは紛れもない事実だ」

 今のパフォーマンスを新年になっても継続して見せることができれば、アッズーリの一員に名を連ねることができるチャンスは十分にある。



 その招集の機会となるのが、イタリア代表の命運を懸けた2026年FIFAワールドカップ欧州予選プレーオフだ。27日には北アイルランドとの準決勝を控え、勝てば31日、ウェールズとボスニア・ヘルツェゴヴィナとの決勝戦に挑むこととなる。

 弱冠20歳の若者には荷が重すぎるか? 答えは「ノー」だ。ビアンケッシは振り返る。

「信じられないほどの学習能力を備えていた。吸収能力はまるでスポンジのようだったよ。それと、ずっと興味深く感じていたのが、メンタルの強さだ。15歳の頃、レギュラーではなく、なかなか成長できていなかった時期でさえも、精神的にタフだった」

 ビアンケッシの評価を見れば、大一番で頼りとなる存在であることは間違いない。そもそもこの程度の舞台で怯むようでは、“マルディーニ2世”という称号を背負う資格はない。

 その名が本物かどうか。証明の場は、まさにこれから始まる。

(文:佐藤徳和)

【著者プロフィール:佐藤徳和】
1998年にローマでの語学留学中に、地元のアマチュアクラブ「ロムーレア」の練習に参加。帰国後、『ポケットプログレッシブ伊和・和伊辞典』(小学館)の制作に参加し、イタリア語学習書などの編集、校正、執筆に携わる。2007年から、フリーランスとして活動し、主にイタリア・サッカー記事のライティングに従事。2014年には、FC東京でイタリア人臨時GKコーチの通訳を務める。IL ROMANISTA、日本特派員。『使えるイタリア語単語3700』(ベレ出版)、『イタリア語基本の500単語』(語研)を共同執筆。日伊協会では、カルチョの記事を読む講座を開講中。X:@noricazuccuru

【関連記事】
W杯が危うい…。強豪だったイタリア代表はなぜ凋落したのか。様々な要因が絡み合う負の連鎖【コラム】
イタリア代表、本当に大丈夫か?監督人事を巡る狂騒劇、“狂犬”ガットゥーゾはこうしてアッズーリの指揮官に就任した【コラム】
セリエAなのにイタリア人がいない…。なぜ優秀な若手が育ちにくいのか。「今の限界を招いてしまった」大きな誤解とは【コラム】

【了】

1 2

KANZENからのお知らせ

scroll top
error: Content is protected !!