
海外クラブを救った伝説の歴代日本人選手5人【写真:Getty Images】
優勝や昇格、残留…。クラブにとって重要な局面で結果を残す選手は、自ずとサポーターの記憶に深く刻まれるものだ。それが欧州に渡った日本人選手であるならば誇らしいことこの上ない。今回は、海外クラブを救い、英雄的存在となった伝説の歴代日本人選手を5人ピックアップして紹介する。※成績は『transfermarkt』を参照[2/5ページ]
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MF:中田英寿(なかた・ひでとし)

ローマ時代の中田英寿【写真:Getty Images】
生年月日:1977年1月22日
救ったクラブ:ローマ(イタリア)
通算成績:40試合6得点3アシスト
日本サッカー界のカリスマ的存在である中田英寿は、1998年にペルージャに移籍し、当時欧州5大リーグの中でも黄金期を迎えていたセリエAに初挑戦を果たしている。
そこで強烈なインパクトを残したことで、2000年にはローマに完全移籍。後にも先にも、このイタリアの名門に在籍した日本人選手は中田だけだ。
中田は名将ファビオ・カペッロ監督の元、1年目こそコンスタントに出場機会を得ていたが、2年目の2000/01シーズンは外国人枠の影響に加え、ポジションを争うライバルが後のバンディエラとなるフランチェスコ・トッティだったこともあり、ベンチを温める機会が増えていた。
それでも、そのシーズンに日出ずる国の宝石はロマニスタにとってのヒーローとなる。
2001年5月6日に行われたセリエA第29節、首位に立っていたローマと激突したのは2位ユヴェントスだった。
ローマが勝てば優勝が決定的、ユヴェントスが勝てば優勝の行方がわからなくなるこの一戦は、アレッサンドロ・デル・ピエロとジネディーヌ・ジダンのゴールでユベントスが2点を先行。ローマは崖っぷちとなる。
そんな中、救世主となったのが中田だ。
60分、トッティとの交代でピッチに入ると、79分に圧巻のミドルシュートでゴールネットを揺らす。
そして後半アディショナルタイムには、自らのシュートからヴィンチェンツォ・モンテッラの同点ゴールを演出し、チームに勝ち点1をもたらしている。
これでローマは優勝を決定づけ、最後は無事にスクデットを獲得。最終的に2位ユヴェントスとの勝ち点差は「2」であり、もし中田の奮闘がなければローマはトロフィーに手が届いていなかったかもしれない。
そんなユヴェントス戦における日本人選手のスーパーミドルはクラブ史に深く刻まれており、2020年にはローマが公式サイトで「ナカタの5つの決定的な瞬間」として伝説のゴールを紹介している。
「ローマファンなら誰もが覚えていること」という題名で「中田のゲーム? ローマのファンにとって、これはセリエAの歴史で最も記憶に残る試合の1つである」と説明した。
もちろんロマニスタだけでなく、多くの日本人にとっても記憶に残る一撃だったことは言うまでもない。