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コラム 2か月前

宮澤ひなた「1番大事なのはW杯で優勝する道が見えていること」。なでしこジャパンは「すごくやりやすい環境になっている」【コラム後編】

シリーズ:コラム text by 竹中愛美 photo by Getty Images,Editor
なでしこジャパン 宮澤ひなた

なでしこジャパン(サッカー日本女子代表)の宮澤ひなた【写真:Getty Images】



 イングランドのウィメンズ・スーパーリーグ(WSL)のマンチェスター・ユナイテッドWFCに所属するなでしこジャパン(サッカー日本女子代表)の宮澤ひなたは、2025年最後の公式戦を終えて日本に一時帰国した。先日、ユナイテッドとは2029年まで契約を延長したばかりだが、クラブで中心選手としてのポジションを掴んだ自信は、なでしこジャパンでも十二分に活かされている。(取材・文:竹中愛美)[2/2ページ]

宮澤ひなたに変化が「対人が楽しくなる、守備が好きになった」

マンチェスター・ユナイテッドWFC 宮澤ひなた

強度の高いウィメンズ・スーパーリーグ(WSL)でマンチェスター・ユナイテッドWFCの一員としてプレーする宮澤ひなた【写真:Getty Images】

「本当にいろんなリーグに選手がいますし、シーズンやコンディションはバラバラだとは思うので、そういうところを気にしてくれるのは選手としてはすごくありがたいところではあります。

 サッカー選手として自チームと代表は一緒なようで全然一緒じゃないところはあるので、そこではっきりしやすいというか、チームではこういう役割、代表ではこういうことが求められているというのを区切れるのかなっていう感じです」

 実際に、宮澤はユナイテッドではアンカーやボランチなど守備的MFを務めることが多いが、代表ではボランチの他にトップ下やインサイドハーフなど前線のポジションでプレーすることもある。

 WSLで磨き上げた守備の強度は着実に代表でも活かされている。

「向こうに行ってからパーソナルでフィジカル(のトレーナー)をつけて、現地でトレーニングしてもらったり、自分にかける時間が増えた。もっとやらなきゃいけないと感じるようになりましたし、揉まれていく中で自分の体が覚えているのかなというような感覚はありますね。



 だから代表でやったときとかも怖さよりも楽しさが勝っていたりした。やりあいたいというようなタイプじゃないですけど、対人が楽しくなる、守備が好きになったかなと思います。

 今まで結構守備に苦手意識があったり、切り方とかもサイドの選手とは違う中で、逆に360度に味方と敵がいて、その中で1個守るのを咄嗟に判断するときがすごく楽しい。守備での1対1の仕掛けはすごく成長できているのかなと思います」

 今年3月にはFIFA女子ワールドカップ ブラジル2027への出場権がかかるAFC女子アジアカップオーストラリア2026が控えている。
 
 なでしこジャパンは2022年の前回大会で優勝した中国とのPK戦に敗れ、決勝進出を逃し、ベスト4止まりだった。2大会ぶり3度目の優勝と、W杯10大会連続出場をかけて戦うことになる。

 宮澤にとって今、W杯とはどのような位置付けなのだろうか。

「タイトルはすごく獲りたい気持ちはありますけど」。宮澤ひなたが思い描く選手としての到達地点

サッカー教室にて、来年の抱負を漢字一文字で表す宮澤ひなたと兄の佳汰

オフに開催した「宮澤兄妹サッカーフェスタ in 寒川町」で今年の抱負を漢字一文字で表した宮澤ひなた【写真:編集部】

「まずはW杯出場権を取るというよりかはアジアカップ優勝を取らないといけないと思います。W杯で4年前にベスト8で終わってしまったというところではみんな悔しい思いをしている。そのためにこの4年間、3年間やってきたところはあるので、また強いなでしこジャパンを見せていかないといけないと思います。

『世界との差が広がっちゃったよね』じゃなくて、なでしこジャパンってやっぱり強いな、なでしこジャパンとやるのは嫌だなと思わせていかないといけないと思う。アジアカップでしっかり勝って、W杯に繋げていけたらいいのと、W杯に繋げるだけじゃなくて、頂点を目指してやるだけだなとは思うので、目標ですけど、通過点というか、しっかり一戦一戦、目の前の相手に負けないところが1番大事かなと思っています」

 2023年のW杯では澤穂希以来の日本人2人目の大会得点王を獲得した宮澤。彼女が現在、思い描く夢を明かしてくれた。

「タイトルを獲りたい気持ちはすごくありますけど、たくさんの方に応援されて愛されるような選手になりたいなというのは、選手としての到達地点かなとは思っている。その中で選手としてやっている以上、結果は求めたいとは思っていますけど。

 サッカーだけじゃなくて人間性でもお手本となれるように、小さい子どもたちがこういう選手になりたいと思ってもらえるような、そういう選手になれたらいいなと思っています。あとは怪我をしたこともあったので怪我せず、本当に常に状態よく戦うこと」



 宮澤が教えてくれた「たくさんの方に応援される選手になりたい」という目標は、高校生くらいの頃からずっと思ってきたことだという。

 最後に、宮澤はこう付け加えることも忘れなかった。

「サッカーを通じて、たくさんの方に感謝だったり、そういうものを何か伝えられるような、そういう存在になれたらいいなとは思っています」

 謙虚でひたむきにサッカーと向き合う姿から、すでに多くの人を惹きつけているようにも思うが、大好きなサッカーを続けていく先で、宮澤が追い求める理想に届くことを陰ながら願っている。

(取材・文:竹中愛美)

【著者プロフィール:竹中愛美】
1990年、北海道生まれ。Jリーグ開幕で世の中がサッカーブームに沸いていた幼少期、「入会したらヴェルディ川崎のボールペンがもらえる」の一言に釣られて地元のクラブでサッカーを始める。以降、サッカーの魅力に憑りつかれた日々を送ることに。ローカルテレビ局時代に選抜甲子園や平昌冬季五輪、北海道コンサドーレ札幌などを取材し、2025年よりカンゼンに所属。FWだったからか、この限られた文字数でも爪痕を残したいと目論むも狭いスペースの前に平伏す。ライターとして日々邁進中。

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【了】
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