海外で躓くきっかけは、能力不足ではなく“最初の一手”であることも多い。序盤の失点や退場、立ち位置の迷い――小さなミスが序列を固定し、そのまま取り返せなくなる。ここでは、左足の武器と五輪での実績を携えて渡欧した山田楓喜が、なぜ定着できなかったのかを振り返る。※データは『Transfermarkt』を参照[3/5ページ]
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MF:山田楓喜(やまだ・ふうき)
生年月日:2001年7月10日
移籍先:京都サンガF.C.→ナシオナル(ポルトガル)
移籍日:2025年1月6日
京都サンガF.C.の下部組織で育った山田楓喜は、2024シーズンに期限付き移籍で加入した東京ヴェルディで活躍。翌2025年1月にポルトガルのナシオナルへと渡った。
しかし、海外挑戦は半年で終わりを迎えた。
抜群のキック精度を誇る左足を最大の武器とする山田は、2024年のJ1リーグで5ゴールを記録。そのうち3得点が直接フリーキックによるものだった。
また、同年開催されたパリオリンピック(パリ五輪)にも出場し、大きな飛躍を遂げた。
その評価を受けてナシオナルに加入したが、移籍後初先発となったファレンセ戦で2度の警告を受けて退場。スタートダッシュに失敗した。
出場停止明けからは左右のウイングでコンスタントに起用されるも、レギュラーには定着できず、スタメン出場はリーグ戦13試合のうち7試合にとどまった。
半年後には京都への復帰が決まり、シーズン途中で古巣に戻る形となった。
復帰後はリーグ戦で12試合に出場したが、こちらでも先発はわずか2試合。限られた出場機会の中で存在感を示しきれなかった。
そして今オフ、山田はFC東京への完全移籍を決断。これで京都から東京への移籍は2度目となる。
ヴェルディでの成功を思い起こさせるように、今回の移籍も再び飛躍の契機となるだろうか。

