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危険すぎる賭け!? W杯半年前に移籍したサッカー日本代表の10人。成功? 失敗? 運命はどちらに【Part1】

シリーズ:編集部フォーカス text by 編集部 photo by Getty Images

危険すぎる賭け!? W杯半年前に移籍したサッカー日本代表【Part1】
危険すぎる賭け!? W杯半年前に移籍したサッカー日本代表【Part1】【写真:Getty Images】



 FIFAワールドカップ2026(W杯)開幕まで約半年となった。この時期の移籍は、選手にとって難しい。環境を変えることで出場機会を失い、W杯メンバー入りに向けた説得力が薄れるリスクもあるからだ。しかし、過去にはW杯を目前に控えた中で覚悟の移籍を決めた選手が何人もいる。今回は、W杯半年前に移籍を決断したサッカー日本代表をピックアップ。その後の運命などを振り返ろう。[2/5ページ]
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MF:稲本潤一(いなもと・じゅんいち)

2010年日本代表の稲本潤一
2010年日本代表の稲本潤一【写真:Getty Images】

生年月日:1979年9月18日
移籍:スタッド・レンヌ(フランス)→川崎フロンターレ
移籍日:2010年1月11日
南アフリカW杯メンバー:選出



 稲本潤一は、所属クラブで出場機会を失うという悪い流れを、思い切った移籍によって断ち切り、南アフリカ開催の2010 FIFAワールドカップ(W杯)出場につなげた過去がある。

 世間に衝撃を与えたアーセナル移籍から8年半にわたり欧州でプレーを続けていたなかで、日本サッカー界屈指の“レジェンド”は日本に電撃復帰。自身三度目となるW杯メンバー入りを勝ち取った。

 稲本は、2009年7月にスタッド・レンヌ(フランス)へ加入した。シーズン序盤戦こそ出場機会を得ていたが、その後台頭した若手に押し出される形となり、ベンチ生活が続くようになってしまう。

 そして、南アフリカW杯を半年後に控え、国内復帰を視野に入れていた稲本が選択したのは、プロデビューを飾ったガンバ大阪ではなく、川崎フロンターレへの完全移籍だった。

 当時サッカー日本代表を率いていた岡田武史監督は、2010年1月25日から行われた代表合宿に稲本を追加招集。この迅速な対応からは、指揮官がレンヌで出場機会を失う稲本の状態を案じていたことがうかがえる。

 シーズンが開幕すると、稲本はボランチのレギュラーとして活躍。川崎で試合勘を完全に取り戻すと、南アフリカW杯メンバーに滑り込んだ。



 本大会ではグループステージの2試合に途中出場(出場時間3分)したのみだったが、稲本は豊富な経験値と持ち前の明るさをチームに還元。ベスト16進出を果たした岡田ジャパンを見事に支えきった。

 アンカータイプのボランチである稲本と、中盤が逆三角形型の4-3-3システムを採用する川崎の相性の良さも、南アフリカ行きを後押ししたのは間違いない。

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