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怪我のせいで…。直前でW杯行きを逃したサッカー日本代表の5人。悲劇に見舞われてしまったのは?

シリーズ:編集部フォーカス text by 編集部 photo by Getty Images


怪我のせいで…。直前でW杯行きを逃したサッカー日本代表【写真:Getty Images】



FIFAワールドカップ2026(W杯)開幕が近づく中、サッカー日本代表選手に怪我人が相次いでいる。これまで主力として活躍してきた実績があったとしても、コンディションが戻らなければ、当然ながら大舞台の切符は掴めない。実際、過去にも、メンバー入り当確とされながら、怪我により直前でW杯行きを逃した選手は多い。今回はそうした悲劇に見舞われた日本代表を紹介しよう。[2/5ページ]
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FW:久保竜彦(くぼ・たつひこ)


横浜F・マリノスでプレーした久保竜彦【写真:Getty Images】



生年月日:1976年6月18日(当時29歳)
逃したワールドカップ:ドイツ大会(2006年)
当時所属クラブ:横浜F・マリノス

 日本が世界に誇る「ドラゴン」には、FIFAワールドカップ(W杯)を前に「怪我」の二文字が立ちはだかった。

 久保竜彦は1995年にサンフレッチェ広島でプロキャリアをスタートさせた。

 同選手は左足から放たれる強烈なシュートと頑丈なフィジカルを武器にして、1998シーズンに本格的にブレイク。リーグ戦12ゴールを記録し、日本代表に初招集された。



 その後、2003年に横浜F・マリノスに完全移籍すると、加入1年目からリーグ戦16ゴールをマーク。同クラブがJ1優勝を果たす原動力となり、個人として日本年間最優秀選手賞を受賞した。

 クラブレベルで高い能力を示した久保は、日本代表でも存在感を発揮。2002年に発足した「ジーコ・ジャパン」のエースとして君臨し、2004年にはハンガリー代表、チェコ代表、そしてアイスランド代表との親善試合で3試合連続得点を奪った。

 しかし、久保はこの頃から怪我に悩まされるようになる。長期離脱を伴う大きな負傷こそ無かったものの、慢性的な腰や膝の問題に向き合わなければならなくなった。

 これが、その後の久保のW杯出場にも大きな影響を及ぼすことになる。

 久保は点取り屋として、2006年のW杯・ドイツ大会に臨む日本代表メンバーへの招集が濃厚となっていたが、ジーコ監督は久保を選ばなかった。その原因には、腰痛によるコンディションの問題が考えられる。

 結果、日本代表は高原直泰、柳沢敦、大黒将志、玉田圭司、巻誠一郎という攻撃陣でドイツに向かった。

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