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コラム 21時間前

大スキャンダルに破産宣告…。“カターニャFC”として蘇るまでの軌跡。「1分でオファーを…」窮地に現れた一人の救世主とは【コラム】

シリーズ:コラム text by 佐藤徳和 photo by Getty Images

カターニャFC
セリエB昇格に近づいているカターニャFC【写真:Getty Images】



 元サッカー日本代表FW森本貴幸が退団した後、カルチョ・カターニャは黄金期が去り、セリエAから遠ざかった。さらには、大スキャンダルに破産宣告という大きな波にのまれ、クラブは消滅した。しかし、ファンが絶望する中、ある一人の救世主が現れる。そうして新たにカターニャFCとして再出発したクラブは、いまセリエB昇格に近づいている。(文:佐藤徳和)[2/2ページ]
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カターニャの街が歓喜に沸いた日

 カターニャの南に隣接するシラクーサをルーツとするペッリーグラは、6月27日に行われた就任会見に臨み「この地にいられることが本当に感動的だ。私は常にシチリアとカターニャとの強い絆を感じてきた。カターニャのすべての人々が自分たちのチームを誇りに思えるようにしたいと強く願っている」と語った。

 さらに、その翌日、本拠地のスタディオ・アンジェロ・マッシミーノでお披露目式が行われ、「チャオ、ムバーレ(兄弟)!」とカターニャの方言を交えて挨拶。「自分の家にいるように感じる。私の心はここにある。とても幸せだ。フォルツァ、カターニャ!」と発し、ティフォージのハートを鷲掴みした。

 あるサポーターはこう歓喜した。

「カターニャのことで私たちはあまりにも悲しくなっていたが、今日はまた明るくなれた。会長には真摯な人が現れてくれることを願っていたんだ。そしてその通りに実現した。

 私たちにとって“誇り”はとても大切なことなんだ。かつて、私たちの“宝石”を壊した者たちがいた。だが今日は、ゼロからの再出発で、再生の機運が高まっている」



“ロッサッズーロ(カターニャのカラー赤と青)の誇りの日”と題されたこのイベントには、カターニャ市のスポーツ担当評議員セルジョ・パリージや下部組織の少年少女たち、カターニャで活躍した選手たちも姿を見せた。

 そして、2014年までの8年間にわたりカターニャ・カルチョでプレーしたマリアーノ・イスコも駆けつけた。

「これほど満員のスタジアムを見るのは久しぶりだった。本当に素晴らしい一日だ。クラブが再生し、しかるべき場所に戻ってくれることを願っている。カターニャの人々にとって、これは本当に素晴らしい一日だ」

 イスコは、セリエCに降格していた2020年にカルチョ・カターニャに復帰。低迷するクラブを救うべく、引退直前の2シーズンを古巣のクラブのために捧げている。

カターニャFCとしての再出発

 斯くして、“救世主”が降臨したクラブは「カターニャ・ソチェター・スポルティーヴァ・ディレッタンティスティカ(カターニャ・アマチュアスポーツクラブ)」の新名称に変えて、セミプロのカテゴリー、セリエDから再スタートを切った。

 8月には、FKの名手、フランチェスコ・ローディが、4度目のカターニャへの復帰。“ヌメロ・ディエチ(10番)”を背負い、カピターノに任命された。

「またしてもこうして私はここに来た。そして、今回の復帰は最も重要なものだ。なぜなら、カルチョ・カターニャの再生に関わることだから。みんなの力を借りて、カターニャを然るべき場所へ戻せることを願っている」

 ローディは、38歳で迎えたこの1年、30試合に出場し、4ゴール。圧倒的な存在感を示し、そして、シーズン終了後に現役生活に別れを告げた。

 セミプロのステージとなっても、サポーターの熱量は変わらなかった。ホームでは常に1万5000人の観客を動員し、ホーム最終節のサンタマリーア・チリエント戦には、なんと2万人以上の観衆が詰めかけたのだ。



 野心のある会長のもと、チームは、カンパーニャ州とカラーブリア州、シチリア州で構成されるグループIで優勝。2位のACロクリに31もの勝ち点差をつけて、圧倒的な力を誇示してみせた。

 セリエCに返り咲いたクラブは、「アマチュア」という名称が消え、「カターニャFC」として、プロリーグに挑んだ。

 宿敵であるACRメッシーナの14位を一つ上回る13位でシーズンを終えたものの、コッパ・イタリア・セリエCを初制覇。決勝でカルチョ・パドヴァを倒したことで、昇格プレーオフ出場権を得たが、2回戦でUSアヴェッリーノに敗れ、涙を呑んだ。

 昨季は、5位でフィニッシュしたが、プレーオフ2回戦でデルフィーノ・ペスカーラ(プレーオフを制してセリエB昇格)に敗れ、2年連続でプレーオフ敗退の憂き目に遭った。

 今季は2位に位置し、セリエB昇格への機運は高まる。

「サッカーという素晴らしい人生の学校に…」

 指揮官を務めるのはドメニコ・トスカーノ。1971年、レッジョ・カラーブリア生まれのこの監督は、トップリーグでのチームを指揮した経験はないが、これまでに6度も昇格を成し遂げてきた、“ミスター・プロモツィオーネ(昇格)”である。

 コゼンツァ・カルチョをセリエD(当時の5部)からレガ・プロ・セコンダ(当時の4部)、レガ・プロ・プリマ(当時の3部)へと連続昇格。テルナーナ・カルチョ、ノヴァーラ・カルチョ、ASレッジーナ、チェゼーナFCをそれぞれセリエBへと導いている。

 会長就任から3年目を迎えているペッリーグラは昨年10月、イタリア日刊紙『コリエーレ・デッラ・セーラ』のインタビューに応じ、カターニャの街とクラブへの愛情を示した。

「小さい頃、たとえ遠くからでも、シチリア出身の祖父母と一緒にこのクラブを追っていた。いつも心が躍り、手に汗をかいていた。2022年、クラブが破産した時、チームとサポーターの映像をいくつか見るだけで十分だった。1分でオファーを出した。ここが私のホームなんだ」



 遠くオーストラリアの地からカターニャのサッカーの動向を追いかけていたことを打ち明けた。

「私の夢は、カターニャFCをセリエAとヨーロッパのカップ戦の舞台に導くことだ。だが何よりも、少年少女が路上にたむろしたり、危険な環境に身を置くことのないように、サッカーという素晴らしい人生の学校に委ねることができる、適切な施設を提供したいと思っている」

 トレーニング・センターとスタジアムの整備は、他のクラブと同様に依然として困難を極めている。だが、ペッリーグラの胸に宿る“パッシオーネ(情熱)”があれば、この夢は必ずや近い将来に現実となるだろう。

 私たち日本人までもを熱狂させたあのカターニャが、そう遠くない未来、再びセリエAの舞台で躍動する姿を見せてくれるに違いない。

(文:佐藤徳和)

【著者プロフィール:佐藤徳和】
1998年にローマでの語学留学中に、地元のアマチュアクラブ「ロムーレア」の練習に参加。帰国後、『ポケットプログレッシブ伊和・和伊辞典』(小学館)の制作に参加し、イタリア語学習書などの編集、校正、執筆に携わる。2007年から、フリーランスとして活動し、主にイタリア・サッカー記事のライティングに従事。2014年には、FC東京でイタリア人臨時GKコーチの通訳を務める。IL ROMANISTA、日本特派員。『使えるイタリア語単語3700』(ベレ出版)、『イタリア語基本の500単語』(語研)を共同執筆。日伊協会では、カルチョの記事を読む講座を開講中。X:@noricazuccuru

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【了】

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