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なぜ?サッカー日本代表で輝けなかった名手5人。クラブでは絶対的な存在も試合に出られなかった男たち

シリーズ:代表で輝けなかった5人の名手 text by 編集部 photo by Getty Images


日本代表で輝けなかった5人【写真:Getty Images】



 サッカー日本代表にはこれまで数多くの選手が名を連ねてきた。しかし、当然その中の全員が活躍できたわけではない。クラブで絶対的な存在になりながらも代表では…という選手も実に多い。今回は、選手層が厚すぎるがゆえに日本代表で活躍できなかった5人の選手を紹介する。[3/5ページ]

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MF:藤田俊哉(ふじた・としや)

藤田俊哉
ジュビロ磐田の藤田俊哉【写真:Getty Images】


生年月日:1971年10月4日
日本代表成績:25試合4得点0アシスト

 清水商業高校で、全国高校サッカー選手権優勝を経験した藤田俊哉は、1994年にジュビロ磐田へ入団。1年目から主力として活躍する。

 中山雅史、名波浩らなどの名だたる選手と共にクラブの黄金期を支え、ステージ優勝6回、年間優勝3回、さらにアジアクラブ選手権制覇を経験した。

 また、個人としてはJリーグベストイレブンに3度、Jリーグ年間最優秀選手に1度輝いている。



 2003年には、オランダのユトレヒトに期限付き移籍。ここでも好プレーを披露し、評価を高めた。

 しかし、クラブの金銭的な問題もあり、2004年に磐田へ復帰。その1年後には、出場機会確保に向け名古屋グランパスに移籍している。

 同クラブでは、3シーズンに渡り主力として活躍。2007年には、史上初のJリーグ出場通算400試合、さらにFW登録以外の選手としてはこちらも史上初となるJリーグ通算100得点達成という偉大な記録を打ち立てた。

 しかし、これだけクラブで活躍しながらも、日本代表では爪痕を残せなかった。

 パウロ・ロベルト・ファルカン、加茂周、フィリップ・トルシエ、ジーコの元でプレーしたが、いずれの監督下でもレギュラーには完全定着できず。

 ワールドカップメンバーに入ったことは1度もなく、AFCアジアカップには参加こそしたがピッチに立つことはなかった。

 ちなみに、日本代表での公式戦出場時間は計430分となっている。

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