
2006年、日本代表で輝けなかった5人の名手【写真:Getty Images】
ジーコ監督率いる日本代表は2002年に発足し、2006年ドイツワールドカップをもって終焉を迎えた。その間、様々な選手が名将の下でプレー。中村俊輔や玉田圭司らが存在感を放った。一方で、活躍できなかった選手もいる。今回は、ジーコジャパンにおいて輝けなかった5人の選手を紹介する。[3/5ページ]
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MF:長谷部誠(はせべ・まこと)

日本代表の長谷部誠【写真:Getty Images】
生年月日:1984年1月18日
日本代表成績:114試合2得点
ジーコジャパン成績:3試合0得点
長谷部誠は、藤枝東高校卒業後に浦和レッズへ加入した。
1年目はカップ戦1試合のみの出場に留まったが、2年目に入ると出場機会が大幅に増加。在籍3年目となった2004シーズンには主力に完全定着し、浦和の2ndステージ優勝に貢献する。
個人としては、ヤマザキナビスコカップ(現YBCルヴァンカップ)でニューヒーロー賞を受賞、さらにJリーグベストイレブンに選出と、大きく羽を広げることになった。
その活躍が認められ、長谷部誠は2006年2月シリーズで、初めてサッカー日本代表に招集されている。
同月11日に行われたアメリカ代表戦でデビューを果たすと、同月22日のAFCアジアカップ予選のインド代表戦ではフル出場を果たし、6-0の大勝に貢献。FIFAワールドカップ(W杯)ドイツ大会メンバー発表直前の親善試合でも出番を得ており、W杯本大会出場への望みをわずかに残していた。
しかし、当時の日本代表の中盤は層が厚かった。
長谷部と同じボランチのライバルだけでも中田浩二、遠藤保仁、稲本潤一、小野伸二、福西崇史といった豪華な面々。さらにジーコ監督は技術力のある中田英寿もボランチとして起用していた。
そのため、浦和で確かなパフォーマンスをみせていた長谷部だが、ドイツW杯メンバーからは落選。その後しばらく、日本代表から遠ざかることに。