
2002年、サッカー日本代表で輝けなかった5人の名手【写真:Getty Images】
フィリップ・トルシエ監督率いる日本代表は1998年に発足し、2002年日韓ワールドカップをもって終焉を迎えた。その間、様々な選手が名将の下でプレー。中田英寿や稲本潤一らが存在感を放った。一方で、活躍できなかった選手もいる。今回は、トルシエジャパンにおいて輝けなかった5人の選手を紹介する。[2/5ページ]
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DF:名良橋晃(ならはし・あきら)

日本代表の名良橋晃【写真:Getty Images】
生年月日:1971年11月26日
日本代表成績:30試合0得点
トルシエジャパン成績:0試合0得点
名良橋晃は、1994年にサッカー日本代表デビューを飾った。
加茂周が、代表監督に就任以降はしばらく招集されない時期が続いたが、1997年に移籍した鹿島アントラーズで活躍すると、同年に代表復帰する。
サイドバックやウイングバックで定位置を掴み、日本初となるFIFAワールドカップ(W杯)出場に貢献すると、W杯フランス大会では全試合に出場した。
その後、代表監督がフィリップ・トルシエに変わると、ウイングバックに中盤の選手を起用。名良橋は2000シーズン、2001シーズンにリーグ連覇、2001年にはJリーグベストイレブンに選出される活躍を見せていたが、フランス人指揮官の御眼鏡には適わなかったようだ。
戦術的な問題なのか、プレー面の問題なのかはわからない。
好調だったにも関わらず、トルシエジャパンで代表に招集されなかった同選手は、チャンスも与えられることがなく、W杯日韓大会の出場を逃した。