
2002年、サッカー日本代表で輝けなかった5人の名手【写真:Getty Images】
フィリップ・トルシエ監督率いる日本代表は1998年に発足し、2002年日韓ワールドカップをもって終焉を迎えた。その間、様々な選手が名将の下でプレー。中田英寿や稲本潤一らが存在感を放った。一方で、活躍できなかった選手もいる。今回は、トルシエジャパンにおいて輝けなかった5人の選手を紹介する。[3/5ページ]
——————————
MF:中村俊輔(なかむら・しゅんすけ)

日本代表の中村俊輔【写真:Getty Images】
生年月日:1978年6月24日
日本代表成績:93試合23得点
トルシエジャパン成績:15試合4得点
高校在学時から注目を集めた中村俊輔は、卒業後に横浜マリノス(現横浜F・マリノス)でプロデビューする。
1年目にJリーグ優秀新人賞を受賞、10番を継承した3年目はJリーグベストイレブンに初選出されると、2000年にフィリップ・トルシエ監督の下でサッカー日本代表デビューを果たした。
しかし、同監督の下では代表に定着することができなかった。
時期尚早だったわけではない。
代表デビューを飾った2000年には、最年少となる22歳でJリーグ最優秀選手賞と日本年間最優秀選手賞を受賞。実力は、既に日本トップクラスだったと言えるだろう。
しかし、2000年2月に行われたカールスバーグカップでデビューを飾って以降、代表でピッチに立った回数はそれほど多くない。
2001年に行われたFIFAコンフェデレーションズカップのメンバーからは、落選となった。
代表では不慣れな左サイドに入っていたため、クラブ同様の活躍は見られなかったが、中村のFIFAワールドカップ(W杯)日韓大会への出場を期待した人は多かったはずだ。
しかし、代表メンバー23人から落選。初のワールドカップ出場とはならず、多くの人から期待された同選手の活躍を見ることはできなかった。