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なぜ?2002年、サッカー日本代表で輝けなかった5人の名手。トルシエに評価されなかった男たち

シリーズ:日本代表で輝けなかった5人の名手 text by 編集部 photo by Getty Images


2002年、サッカー日本代表で輝けなかった5人の名手【写真:Getty Images】



 フィリップ・トルシエ監督率いる日本代表は1998年に発足し、2002年日韓ワールドカップをもって終焉を迎えた。その間、様々な選手が名将の下でプレー。中田英寿や稲本潤一らが存在感を放った。一方で、活躍できなかった選手もいる。今回は、トルシエジャパンにおいて輝けなかった5人の選手を紹介する。[4/5ページ]

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MF:小笠原満男(おがさわら・みつお)

小笠原
日本代表の小笠原満男【写真:Getty Images】


生年月日:1979年4月5日
日本代表成績:55試合7得点
トルシエジャパン成績:7試合0得点

 高校卒業後の1998年に小笠原満男は、鹿島アントラーズへ加入した。

 2000年にトニーニョ・セレーゾ監督の下でスタメンに定着すると、クラブ史上初となるJリーグ、天皇杯、ヤマザキナビスコカップ(現YBCルヴァンカップ)の3冠達成に貢献する。

 翌年はリーグ連覇、自身初となるJリーグベストイレブンに選出されると、2002年に3月にサッカー日本代表に初招集された。



 FIFAワールドカップ(W杯)日韓大会直前で初招集された小笠原は、親善試合6試合に途中出場。フィリップ・トルシエ監督へのアピールに成功し、本大会に臨む23人に名を連ねた。

 しかし、中田英寿や稲本潤一など、当時の日本代表の中盤は層が厚く、なかなか出場機会を得られず。

 滑り込みで本大会には出場するも、ピッチに立ったのはグループリーグ第3節のチュニジア代表戦のみ。

 中田との交代でワールドカップ初出場を果たしたが、わずか6分間の出場に終わった。

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