
2002年、サッカー日本代表で輝けなかった5人の名手【写真:Getty Images】
フィリップ・トルシエ監督率いる日本代表は1998年に発足し、2002年日韓ワールドカップをもって終焉を迎えた。その間、様々な選手が名将の下でプレー。中田英寿や稲本潤一らが存在感を放った。一方で、活躍できなかった選手もいる。今回は、トルシエジャパンにおいて輝けなかった5人の選手を紹介する。[5/5ページ]
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DF:中澤佑二(なかざわ・ゆうじ)

日本代表の中澤佑二【写真:Getty Images】
生年月日:1978年2月25日
日本代表成績:109試合17得点
トルシエジャパン成績:7試合2得点
高校卒業後にブラジルへ渡った中澤佑二は、1999年に東京ヴェルディでプロデビューを飾る。
初年度からスタメンとして活躍すると、同年にサッカー日本代表に初招集。9月に行われたイラン代表との親善試合でトルシエジャパンデビューを果たした。
翌年2月に行われたAFCアジアカップ予選では、3試合全てにフル出場。3-0で勝利したシンガポール代表戦では、DFながら2得点の活躍を見せた。
さらに、同年に行われたシドニーオリンピック(五輪)では、A代表と兼任するフィリップ・トルシエ監督の下で、全試合にフル出場。グループリーグ突破に貢献するなど、同監督の下で活躍する。
しかし、その後はA代表に招集されても、なかなか出場機会を得られなかった。
2001年に行われたFIFAコンフェデレーションズカップでメンバー外となって以降は、招集外が続く日々。FIFAワールドカップ(W杯)日韓大会直前に行われたノルウェー代表との親善試合にフル出場するも、本大会に臨む23人に入ることは叶わなかった。
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