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コラム 1日前

「もう何もわからない」セリエAで愚行と誤審が相次ぐ理由。相手を騙す“ずる賢さ”が美化される時代は終わったのでは?【コラム】

シリーズ:コラム text by 佐藤徳和 photo by Getty Images

インテル対ユヴェントス
インテル対ユヴェントスのイタリアダービーでも誤審が起きた【写真:Getty Images】



 セリエAで誤審が相次いでいる。2月14日に行われたインテル対ユヴェントスでは、シミュレーションを行ったアレッサンドロ・バストーニへのファウルを取られ、ピエール・カルルが退場に追い込まれたことで、ユーヴェ側の激しい怒りを買うと同時に、主審とバストーニは猛批判を浴びることになった。VARの誕生でピッチ内の事象がより鮮明になっている中、美徳とされてきた「ずる賢い」プレーは、もう時代遅れなのかもしれない。(文:佐藤徳和)[2/2ページ]
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セリエAの審判は高給取り!?

 セリエAの1試合あたりの報酬は、主審で4000ユーロ(約72万円)。アシスタントレフリーは1400ユーロ(約25万2000円)、第四審判は500ユーロ(約9万円)、VARは1700ユーロ(約30万6000円)、アシスタントVARは800ユーロ(約14万4000円)を受け取る(『ラ・ガッゼッタ・デッロ・スポルト』参照)。

 イタリアのトップリーグにおける主審の報酬(1試合あたり)は、ドイツ(5800ユーロ(約104万円))、スペインに(4830ユーロ(約87万円))次ぐ水準で、フランス(3124ユーロ(約56万円))やイングランド(1065ユーロ(約19万円))を上回っている。

 さらに経費は別途払い戻され、固定給も支払われる。その内訳は、50試合未満の主審には3万ユーロ(約540万円)、50試合を超える者には6万ユーロ(約1080万円)、国際審判員および元国際審判員には9万ユーロ(約1620万円)とされている。

 スパッレッティの発言に対し、AIA副会長フランチェスコ・マッシーニはAIA公式サイトに声明を掲載し、審判のプロ化問題について見解を示した。

「AIAは、この方向性(審判のプロ化)に関する改革提案に、これまで一度も反対していない。アントニオ・ザッピ会長および全国委員会は、すでに昨年9月の時点で、この方向性に対して開かれた姿勢を示していた。



 ただし、CAN(イタリア審判委員会、AIAの技術機関)所属審判に対する経済的および職業的保障の強化が、AIAの技術的自律性を損なわないことが条件である」

 要するに、「プロ化自体には賛成だが、FIGCやリーグが資金を拠出する代わりに、人事や評価に介入するような事態は避けたい」ということであろう。

 インテル対ユーヴェの騒動を受け、審判のプロ化を巡る議論が一段と加速するのは間違いない。しかし、仮にプロ化が実現したとしても、今回のような騒動が起こらなくなるとは限らない。

 ラ・ペンナとバストーニはSNS上で袋だたきに遭っているが、バストーニのシミュレーションを見抜けなかったラ・ペンナは、ある意味では被害者という側面も持つ。

 果たして、プロであればそれを見抜けたのか。その点については大きな疑問が残る。

 審判任命責任者のロッキは、イタリア通信社『ANSA』の取材に対し、次のように語っている。

もはやサッカーに「ずる賢さ」はいらない?

「この件については非常に残念に思っている。ラ・ペンナの判断は明らかに誤りであり、それを是正するためにVARを使えなかったことも含めてだ」

 その一方で、こう続けた。

「ラ・ペンナは落ち込んでおり、我々は彼に寄り添っている。だが、真実を言えば誤ったのは彼だけではない。試合では明白なシミュレーションがあった。

 今季、あらゆる方法で我々を出し抜こうとする試みが続いているが、今回の件もその連なりの一つだ。監督たちも一度として我々を助けてくれたことはなく、むしろ我々をより困難な立場に置いてきた」

 イタリアには、「抜け目なさ」や「ずる賢さ」を意味する“furbizia”という言葉があり、これを美徳とする風潮がある。騙した側に拍手が送られ、騙された方が悪いという価値観だ。

 しかし、VARが導入され、テレビの高精細映像がリビングに届くようになって以降、必ずしも騙した側が称賛される世界ではなくなりつつある。



 かつてはサッカーに「ずる賢さ」が必要だとされていたが、VARの導入によって、それは不可欠な要素ではなくなりつつある。

 バストーニは恐らく、カルルの手が触れた刹那、反射的に倒れたのだろう。幼少期からそのような動作が体に染みついていなければ、あのような振る舞いはできない。

 14日のコモVSフィオレンティーナでも、露骨なシミュレーションが確認された。

 フィオレンティーナのイタリア人DFファビアーノ・パリージがジェイデン・アダイに軽く押されると、まるで銃で撃たれたかのように倒れ込み、大げさにピッチを転がった。見るに耐えない場面である。

 ミラノ・コルティナ2026冬季オリンピックがイタリアで開催された中で、サッカーでは五輪精神のかけらもない“愚行”が繰り返されているのだ。

 もはや映像が鮮明化された現代において、人を欺くようなプレーは避けるべきだろう。そのような場面は瞬時にSNSで拡散され、何度も晒される。傷つくのは、瞬間的に騙すことに成功した本人なのだ。

 現に“騙した“バストーニは、命を脅かされるほどの激しい非難を受け、さらには、“騙された”ラ・ペンナまでも執拗な口撃を受けている。

 もっとも、バストーニの場合、レッドカードがカルルに提示されるやいなや、ガッツポーズを見せてしまった。この振る舞いが事態を一層悪化させたことは否定できない。

強さを失い、愚行が繰り返されるカルチョに希望はあるか?

 勝利のためなら手段を選ばないという勝利至上主義が、こうした傾向を助長してきた。

 バストーニもまた「何が何でも勝たなければならない」という重圧を常に感じ、それがフェアプレーの精神を曇らせたのかもしれない。そして、この一戦が伝統の“イタリア・ダービー”であったことも偶然ではないはずだ。

 イタリアは冬季五輪で望外の過去最多メダル数を獲得し、ノルウェー、アメリカ合衆国、オランダに次いで4位につけた。

 その一方で、サッカー界は目を覆いたくなる状況にある。

 ユヴェントス、インテル、アタランタはUEFAチャンピオンズリーグ(CL)プレーオフ初戦でいずれも敗戦。ユーヴェはトルコのガラタサライSKに2-5で敗れ、インテルもノルウェーのFKボデ/グリムトに1-3で屈した。

 カルチョにおけるイタリア勢の凋落は明らかだ。かつての強さを失ってしまったカルチョに加え、愚行が繰り返される光景に失望が広がれば、イタリアの子どもたちがサッカーに興味を持つことはないだろう。



 バストーニはFKボデ/グリムト戦前の公式会見に姿を現し、問題となった場面について説明した。

「カルルとの接触を感じた瞬間、間違いなく倒れ方を誇張し、何らかの利益を得ようとした。責任から逃げるつもりはない。ただ、私が最も残念に思っているのは、その後の自分の反応だ。見苦しかったが、人間的でもあった。あの時は我を忘れ、非常に重要な試合の緊張と闘志に包まれていた」

 さらに26歳のDFはこう続ける。

「そのような振る舞いをしてしまったことは申し訳ない。責任を認めるのは当然だ。しかし、今回の出来事だけで私のキャリアや人格を定義されるのは正しくない。私はこれまで300試合以上出場してきたが、このような件で話題にされたのは初めてだ」

 幸いにも、バストーニは逃げることなく自らの意思で会見の場に立ち、自らの言葉で謝罪した。それは一つの救いだった。

 だが、この話題がすぐに沈静化するとは考えにくい。両クラブの長い因縁の歴史の中で、今回の“事件”もまた、その一頁として刻まれることになるだろう。

 とはいえ、今回の騒動で「ずる賢さ」を美徳とする世界観が、いまや手放すべき岐路に差しかかっていることは明確になったのではないか。少なくともサッカーの世界においては。

(文:佐藤徳和)

【著者プロフィール:佐藤徳和】
1998年にローマでの語学留学中に、地元のアマチュアクラブ「ロムーレア」の練習に参加。帰国後、『ポケットプログレッシブ伊和・和伊辞典』(小学館)の制作に参加し、イタリア語学習書などの編集、校正、執筆に携わる。2007年から、フリーランスとして活動し、主にイタリア・サッカー記事のライティングに従事。2014年には、FC東京でイタリア人臨時GKコーチの通訳を務める。IL ROMANISTA、日本特派員。『使えるイタリア語単語3700』(ベレ出版)、『イタリア語基本の500単語』(語研)を共同執筆。日伊協会では、カルチョの記事を読む講座を開講中。X:@noricazuccuru

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【了】

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