
アルゼンチンの消えた逸材5人【写真:Getty Images】
若くして才能を披露して高く評価された選手が、そのままスター選手として活躍し続ける保証はない。怪我やプレッシャーに苦しみコンディションを落とす選手がいれば、ピッチ外での問題で活躍の場を失っていく選手も多い。今回は大きな期待を背負いながらも、大舞台から姿を消した5人のアルゼンチン人選手を紹介する。[5/5ページ]
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FW:ルシアーノ・フィゲロア

ビジャレアル時代のルシアーノ・フィゲロア【写真:Getty Images】
生年月日:1981年5月19日
主な在籍クラブ:バーミンガム、ジェノア
現所属クラブ:引退
地元クラブのロサリオ・セントラルの下部組織出身のルシアーノ・フィゲロアは、2001年にプロキャリアをスタート。2003年の後期リーグで得点王に輝くと、プレミアリーグのバーミンガム・シティへ移籍となる。
だが、出場は1試合のみに終わり、メキシコのクルス・アスルへ移籍した。
ここで21得点を挙げた活躍が実り、アルゼンチン代表へ招集され、2004年1月27日にA代表デビューを飾る。
メキシコでの活躍が認められたフィゲロアは、2004年にビジャレアルへ移籍。序盤は出場機会を得るも、徐々に出場機会が減り、2006年に母国アルゼンチンのリーベル・プレートへレンタル移籍する。
2006年のドイツワールドカップのメンバー入りへ向け出場機会を求めての移籍だったが、左膝の大怪我を負いワールドカップ出場の夢は途絶えた。
その後、フィゲロアは2006年8月にイタリアのジェノアへ移籍。しかし、膝の怪我の影響で初年度は出場ゼロに終わる。
その後はボカへの復帰、アルゼンチンのロサリオ・セントラルへの移籍などを経て、2011年にエクアドルのエメレクへ加入。2013年にはパナシナイコスでプレーし、2015年にマレーシアのジョホール・ダルル・タクジムで現役引退となった。
その後、2017年から同クラブのアンバサダーを務め、同年11月に選手として現役復帰。2018年には同クラブの監督に就任した。フィゲロアは計8カ国でプレーした選手となっている。
【著者プロフィール:編集部】
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