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一体なぜ? スペイン代表では輝けなかったレジェンド5人。定着できなかった名手たち

シリーズ:編集部フォーカス text by 編集部 photo by Getty Images


一体なぜ? スペイン代表では輝けなかったレジェンド5人【写真:Getty Images】



 数々のタイトルを獲得してきたスペイン代表には、常に世界最高峰の才能が集ってきた。その一方で、クラブレベルでは伝説的な実績を残しながらも、輝く機会に恵まれなかった名手たちも存在する。なぜ彼らは代表に定着できなかったのか。今回は5人の選手をピックアップして紹介する。[2/5ページ]
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MF:ボルハ・バレロ

ボルハ・バレロ
フィオレンティーナやインテルで活躍したボルハ・バレロ【写真:Getty Images】



生年月日:1985年1月12日
主な所属クラブ:フィオレンティーナ、インテル
スペイン代表成績:1試合0ゴール1アシスト

 セリエA通算268試合、ラ・リーガでも通算138試合に出場したボルハ・バレロは、欧州トップリーグで長年にわたり活躍を続けたゲームメーカーである。

 高い技術を武器にクラブレベルでは確かな評価を築いたが、そのキャリアはスペイン代表とは不思議なほど縁の薄いものとなった。

 レアル・マドリードのカンテラ(下部組織)で育ったバレロは、カスティージャ(Bチーム)では主力として活躍。しかしトップチームでは出場機会に恵まれず、公式戦出場はわずか2試合にとどまった。

 トップレベルでのプレー機会を求め、2007年夏にマジョルカへ移籍して実力を証明すると、ここからキャリアを本格的に切り開いていく。

 翌年にはウェスト・ブロムウィッチ、そしてビジャレアルへと渡り歩き、いずれのクラブでも主力としてシーズン30試合以上に出場。試合のテンポを操る落ち着いた配球と状況判断の的確さによって、チームに欠かせない存在となった。

 転機となったのは2012年夏。ビジャレアルの降格に伴い、フィオレンティーナへ移籍すると、その才能は新天地で大きく花開く。

 指揮を執ったヴィンチェンツォ・モンテッラ監督のポゼッション志向のサッカーにおいて、バレロは中盤の心臓部を担った。



 アルベルト・アクイラーニ、ダビド・ピサーロと形成したユニットは「セリエA最高の中盤」と評され、フィオレンティーナ躍進の原動力となった。

 では、セリエA屈指の司令塔は、なぜスペイン代表に呼ばれなかったのか。

 最大の理由は、当時の代表における中盤の層の厚さにあった。

 2010年FIFA南アフリカワールドカップ(W杯)優勝、さらに2012年UEFA欧州選手権(EURO)連覇を成し遂げたスペイン代表は黄金期の真っただ中にあった。

 ティキ・タカと呼ばれるパスサッカーを支えた中盤には、セルヒオ・ブスケツ、アンドレス・イニエスタ、シャビ・エルナンデスといったバルセロナのトリオに加え、シャビ・アロンソ、サンティ・カソルラ、ダビド・シルバといった世界最高峰のタレントが並んでいた。

 バレロほどの実力者であっても、代表入りは極めて困難だったのである。

 スペイン代表でなければ国際舞台の主役になっていた可能性も十分にあったバレロ。

 その歩みは、黄金期のスペインがいかに異常なまでの才能を中盤に抱えていたかを物語る象徴的な例と言えるだろう。

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