UEFAチャンピオンズリーグ(CL)2025/26のノックアウトフェーズ・プレーオフが終了。イタリア勢は、大会優勝経験のあるインテルとユヴェントスが敗退した。アタランタがなんとか生き残ったことで、ベスト16前にセリエAクラブ全滅という最悪の結末は回避できたが、大喜びできる結果ではない。イタリア代表にも通じる、カルチョの課題が浮き彫りとなった。(文:佐藤徳和)[2/2ページ]
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ユヴェントスは「CLへの後悔はない」
数的不利に陥りながらも、フランチェスコ・ガッティが2点目を奪取。さらにウェストン・マッケニーがネットを揺らし、ついに2戦合計スコアを振り出しに戻したのである。
その後も勝ち越しの好機は訪れたが、延長戦に入ると力尽き、2失点。大健闘もあと一歩及ばず、敗退となった。
試合終了の無情のホイッスルが鳴ると、敗退にもかかわらず、スタンドのサポーターはチームに拍手を送った。それがすべてを物語っている。クラブのスローガンである “fino alla fine(最後まで)” を、チームは体現したのである。
ユーヴェの2人のレジェンドは、『Sky Sport』のインタビューでこのように見解を述べている。
フットボール戦略ディレクターのジョルジョ・キエッリーニは「敗戦への悔しさと失望はあるが、やったことへの誇りもある」と語り、こう続ける。
「現時点では、CLに関しての後悔はない。なぜなら、我々は難しい試合が多い形でスタートし、リーグフェーズ最終戦のASモナコ戦(0-0)も、たとえ勝っていたとしても運命を変えることはなかっただろう。FKボデ/グリムトとのアウェイ戦の難しい試合に勝ち、インテルとの戦いでどれほど難しい相手かを見た。
我々はSLベンフィカにも勝っている。道のりはおおよそ想定内だった。残念ではある。なぜなら目標は常に16強にいることだからだ。もう少しの注意と運があれば、そこに行けただろう」
本音を言えば、「悔しさ」はあるはずだ。とりわけ、トルコでのファーストレグは、もっと上手く立ち回ることができたはずだ。
そして、アレッサンドロ・デル・ピエロは、エドン・ジェグロヴァが外した決定機を引き合いに出し、悔しさを覗かせた。
「強い誇りを感じさせた試合だった。なぜなら叙事詩的な偉業まで、 “左足インサイド一つ分”の距離にまで到達したからだ。それ以外については、あらゆる観点から見て素晴らしい試合をした。
あのスピリットこそが本来あるべきものである。可能であれば、というのも試合数や日程の関係で可能な範囲というものがあるが、それでも毎試合ピッチ上で示さなければならないものだ」
「そのスピリットは、インテルにも少し欠けていた。正直に言えば、ユーヴェにはあまりにもよく欠けている。それゆえカペッロ監督が用いた『気まぐれ』という言葉を少し説明することになる。10人対11人でも、よりリスクを取れば確実に多くを生み出し、さらに良いパフォーマンスを発揮できることが見て取れた。しかし、根本的な問題は、特に後方で、いくつかの状況において苦しみ得るということだ」
今日のようなメンタルをトルコでの一戦でも見せていれば、結果は違ったものになったかもしれない。それは、インテルにも言えたものだった。
セリエA最後の希望となったアタランタ
インテルは昨季、FCバルセロナとの戦いで、後世に長く語り継がれる感動的な試合を見せたが、あの試合を思い出すことすらできずに、欧州の舞台から去ることとなってしまったようだ。
インテリスタの多くは、勇猛果敢に戦ったバルサ戦の再現を願ったはずだが、それを目にすることは叶わなかった。
インテルとは違い、勇壮な精神を見せたのが、アタランタだった。CLにイタリア勢が1チームしか残れなかったのかと見るべきか、幸いにも1チームが残ることができたと見るべきか。今回は後者であろう。
イタリア勢が、最後に欧州最高峰の戦いで、ベスト16に残れなかったのは、まだチャンピオンズカップの名称であった87/88シーズンまで遡らなければならない。現名称になってからは、常にベスト16にイタリアのクラブは存在してきた。
データ配信サービスの『Opta』によれば、アタランタのベスト16進出の可能性は、16.3%であったが、アタランタはイタリア勢不在の悪夢を払拭してくれたのだ。
アタランタは今季、チームを常勝軍団へと築き上げた指揮官ジャン・ピエロ・ガスペリーニの退任を受け、その薫陶を受けたイヴァン・ユリッチを招聘した。
しかし、セリエA第11節終了時点で13位と出遅れる。一度崩れたチームを立て直すことがいかに困難かは、再建途上で苦しむ数多のクラブを見れば明らかだろう。
だが、第12節から指揮を執ったラッファエーレ・パッラディーノ監督が見事に立て直した。
昨年12月9日には、新フォーマットのFIFAクラブワールドカップ初代王者チェルシーFCを撃破。2月22日のSSCナポリ戦にも勝利を収め、チームはセリエA6位へと浮上した。アタランタは今、完全に昨季までの歩みを取り戻しつつある。
「上手くいかない時に批判が多すぎる」
ビッグクラブや金満クラブに、関心を持たれた選手はことごとくベルガモの地を離れていった。
マテオ・レテギ(アル・カディシア)、トゥーン・コープマイネルス(ユヴェントス)、そして、今季の冬の移籍市場では、アデモラ・ルックマン(アトレティコ・マドリード)が去った。それでも、チームは弱体化せず、血を入れ替えながら、むしろ強くなっているかのようだ。
先制点を叩き出したジャンルカ・スカマッカは語る。
「パッラディーノ監督がチームを変え、重要な後押しをしてくれた。我々は自分たち自身の姿と正しい道を取り戻した」
そのパッラディーノは、「イタリア・サッカーの歴史に残る偉業だ。監督を始めてから最も素晴らしい試合であり、決して忘れることはない」と喜びに浸った。
さらに「多くの批判を耳にするが、我々はもっとイタリア・サッカーを守り、支えるべきだと思う。上手くいかない時に批判が多すぎる。もっと建設的であるべきだ。ロッカールームでは『誰も我々を信じていない』という思いを原動力にした」と語っている。
もはや、イタリア・サッカー界の“救世主”となった指揮官はこう苦言を呈した。
ラウンド16の対戦相手は、バイエルン・ミュンヘンに決まった。自国リーグで首位を走る強敵だ。
まるで「この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ」と刻まれたダンテの“地獄の門”の前に立っているかのようだ。だが、本当に希望はないのか。否、決してそうではない。
“ラ・デア”(アタランタの愛称)が23/24シーズンのヨーロッパリーグで凱歌を上げた記憶を、忘れてはいないだろうか。
リヴァプールFCを退け、オリンピック・マルセイユを打ち破り、そして当時無敗を誇っていたバイヤー・レヴァークーゼンを粉砕したあの戦いを。数々の強豪をなぎ倒してきたこのチームに、もはや“不可能”の文字はない。
(文:佐藤徳和)
【著者プロフィール:佐藤徳和】
1998年にローマでの語学留学中に、地元のアマチュアクラブ「ロムーレア」の練習に参加。帰国後、『ポケットプログレッシブ伊和・和伊辞典』(小学館)の制作に参加し、イタリア語学習書などの編集、校正、執筆に携わる。2007年から、フリーランスとして活動し、主にイタリア・サッカー記事のライティングに従事。2014年には、FC東京でイタリア人臨時GKコーチの通訳を務める。IL ROMANISTA、日本特派員。『使えるイタリア語単語3700』(ベレ出版)、『イタリア語基本の500単語』(語研)を共同執筆。日伊協会では、カルチョの記事を読む講座を開講中。X:@noricazuccuru
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