
2010年、日本代表で輝けなかった5人の名手【写真:Getty Images】
岡田武史監督率いる日本代表は2008年に発足し、2010年南アフリカワールドカップをもって終焉を迎えた。その間、様々な選手が名将の下でプレー。長友佑都や遠藤保仁らが存在感を放った。一方で、活躍できなかった選手もいる。今回は、岡田ジャパンにおいて輝けなかった5人の選手を紹介する。[2/5ページ]
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MF:中村憲剛

日本代表の中村憲剛【写真:Getty Images】
生年月日:1980年10月31日
日本代表成績:70試合6得点
岡田ジャパン成績:34試合4得点
川崎フロンターレの歴史に名を残すバンディエラ、中村憲剛はドイツワールドカップ後に発足したオシムジャパンで日本代表デビューする。
イビチャ・オシム監督の”考えて走る”チームの中心となっていた。
その後、同監督の後任として岡田武史監督が就任。突然の監督交代となったが、同選手はその後もコンスタントに出場機会を得ていた。
岡田ジャパンで中村はトップ下やボランチ、サイドハーフなど中盤の様々なポジションでプレーしている。
スタメンに名を連ねることも多かったが、2010年2月に行われたアジアチャンピオンズリーグ(ACL)・グループリーグ第1節の城南一和戦で下顎を骨折。全治6~8週間と診断され、南アフリカワールドカップ出場が危ぶまれた。
同年5月頃の復帰が見込まれていたが、中村は予定より1ヵ月早い4月に復帰。本大会直前に行われた親善試合にも招集され、W杯に臨む代表メンバー23人に選出されている。
何とか代表メンバー23人には入ったものの、同大会でピッチに立ったのは決勝トーナメント1回戦のパラグアイ代表戦のみ。
後半終了間際の81分から出場したが、日本代表はPK戦の末に敗戦。ワールドカップイヤーの負傷がなければ、日本代表における立ち位置も変わっていたのだろうか。