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何があったの…。欧州から一瞬で帰ってきた日本人選手5人。様々な事情で早期の帰国を余儀なくされた男たち

シリーズ:編集部フォーカス text by 編集部 photo by Getty Images


欧州への移籍からあっという間に帰国した日本人選手とは【写真:Getty Images】



 日本サッカー界では、欧州クラブで主力として活躍する選手が続々と出てきている。だが、過去を遡ってみると、実力があるにも関わらず短期間で海外挑戦を終えて日本に戻ってきた選手たちもいる。今回は、様々な理由により欧州クラブ在籍1年未満で帰国した日本人選手をピックアップして紹介する。[4/5ページ]

MF:山口蛍(やまぐち・ほたる)

山口蛍
ハノーファー移籍が失敗に終わった山口蛍【写真:Getty Images】



生年月日:1990年10月6日
欧州移籍先:セレッソ大阪→ハノーファー(ドイツ)
日本移籍先:ハノーファー(ドイツ)→セレッソ大阪
在籍期間:2016年1月~2016年7月

 2015シーズン、セレッソ大阪の山口蛍はキャプテンとしてチームをけん引していた。

 シーズン終了後に満を持して海外挑戦に打って出たが、その結末は周囲が予想していたものとは大きく異なっていた。

 2016年1月、山口はC大阪からハノーファーに完全移籍で加入した。



 当時、同クラブには日本代表のチームメイトでもあった酒井宏樹と清武弘嗣が在籍しており、コミュニケーション面に問題はなし。

 初の海外挑戦に臨む環境としては決して悪くなかったはずだった。

 しかし、山口にとって想定外だったのは、移籍から約2ヶ月後の2016年3月に代表戦で大きな怪我を負ってしまったことだ。

 5-0と大勝した同月29日の2018 FIFAワールドカップ・アジア2次予選最終節のシリア代表戦で相手選手の頭部が顔面を直撃し、試合後には病院で鼻篩(びし)骨骨折および上顎(じょうがく)骨骨折と診断された。

 それによりドイツへの出発予定日は延期され、その後ハノーファーで試合に出場する機会はなかった。

 2016年7月、山口はわずか半年で古巣・C大阪に復帰する。

 不運な怪我の影響もありブンデスリーガでは6試合の出場にとどまり、ハノーファーも2部リーグに降格してしまったが、多くのファンは新シーズンに再び欧州の舞台で奮起する山口の姿を期待していたはずだ。

 それが思いのほか“あっさりと”帰国したように見えてしまったのか、SNS上では山口の決断に対する賛否の声が渦巻いた。

 なお、山口はC大阪復帰にあたり2016年6月に自身のブログを更新。

 初の海外挑戦は「強い気持ちで移籍したことには間違いありません」としながらも「ドイツでプレーをしている間、自分の胸のなかでポッカリ穴が空いたものをずっと感じていました」と、移籍後もセレッソ愛が強く残っていたことを明かした。

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