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コラム 1か月前

何か物足りない…トッテナム・ホットスパーはなぜ停滞感が強い試合が多いのか。フランク政権の実態に迫る【コラム】

シリーズ:コラム text by 安洋一郎 photo by Getty Images

 今夏にブレントフォードから招聘したトーマス・フランク新監督の下でトッテナム・ホットスパーが順調に結果を残している。しかし、勝ち点を積み重ねている中でも攻撃面の停滞感は否めず、実際にいくつかの課題が顕在化している。その要因と探っていこう。(文:安洋一郎)
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トーマス・フランク新体制は順調なスタート

トッテナム
【写真:Getty Images】

 ついにトッテナム・ホットスパーは、7年で5人も交代した監督問題に終止符を打つのだろうか。

 昨季のプレミアリーグでは17位に沈んだが、今季は第10節終了時点で2位と勝ち点2差の6位と好調を維持している。

 トーマス・フランク新体制では、アンジェ・ポステコグルー前体制で課題だった攻守のバランスが改善されており、リーグ戦における1試合平均の失点数は「1.71」から「0.8」に減少した。

 勝利にこだわるディテールの部分では、フランク監督がブレントフォードから持ち込んだ「セットプレー」にこだわる文化が好影響を与えている。

 前政権では不在だったセットプレーコーチには、元ブレントフォードのアンドリース・ゲオルグソンが招聘され、彼が主体となって攻守に劇的な改善が見られた。

 1試合平均のセットプレーからの得点は「0.26」から「0.5」に上昇。一方の失点は「0.34」から「0.1」へと減少しており、ウィークポイントが強みへと変わった。

 具体的なスタイルこそ異なるが、今季のスパーズは昨季のノッティンガム・フォレストが躍進した理由との共通点が多い。

 守備に規律を与えることで失点が大きく減少した上で、セットプレーを強みに変えたことから効率よく勝ち点を積み重ねることができている。

 結果だけにフォーカスすれば順調にも思えるが、主に攻撃に関しては停滞感を感じている人も多いのではないだろうか。

トーマス・フランク新監督のチーム作り

 前任のポステコグルーは「エンタメ性」を考えると最高のチームを作っていた。

 昨季のプレミアリーグにおける得点数と失点数の合計は129点であり、多くのスコアが動く大味な試合が多かった。

 しかし、結果はどうだっただろうか。UEFAヨーロッパリーグ(EL)では優勝を飾ったが、プレミアリーグではクラブ歴代最低の17位に沈んだ。

 一方のフランクは、ロマンの要素が強かったポステコグルーとは対照的なアプローチを図る指導者で知られている。

 彼は結果で相手を上回るためにアプローチの方法を変える「リアリスト」であり、ブレントフォードでのプレミアリーグ昇格と4シーズン連続の残留は、その成果とも言える。

 昇格から2シーズンの対ビッグクラブとの試合が印象深い影響で、フランクに「守備的」な監督というイメージを抱いている人もいるかもしれないが、それは誤解だ。

 当時の戦力で“勝つための手段“として守備的なアプローチを選択していたのであり、チャンピオンシップ(2部)時代や過去2シーズンはかなり攻撃的なチームを作っていた。

 スパーズでも同様のことが言えるだろう。昨シーズンまで失点が多かったチームを立て直すためには「守備」から再構築することが最善の策である。

 試合内容に不安がある状況でも勝ち点を稼いでいるのは、フランクのチームらしいとも言える。

スパーズの課題

 これらを前提として、フランクのスパーズが抱える課題について考えていこう。

 1つ目が、オープンプレーからのチャンスが少ない点だ。これが攻撃における停滞感が強い理由であり、実際にPKとセットプレーを除いたゴール期待値(xG/シュートチャンスが得点に結びつく確率)は10試合で「6.62」に留まっている。

 これはプレミアリーグの中でワースト5位。この数字が全てではないが、実際の印象とリンクする部分もあるだろう。

 オープンプレーからチャンスを作れない最大の理由は、相手のプレスに対する脆さにある。マンツーマンでプレスをハメられたときの打開策がなく、ボールを前進させる手段が限られている

 特に0-1で敗れた第2節ボーンマス戦と第10節チェルシー戦の2試合は、この印象が強かった。

惨敗したボーンマス戦とチェルシー戦の共通点

 相手のビルドアップの強みを消すことに定評があるボーンマスのアンドニ・イラオラ監督は、スパーズの右サイドに目をつけた。

 スパーズは相手にプレスをハメられた時のビルドアップの出口として、右CBクリスティアン・ロメロと右SBのペドロ・ポロの縦パスや長いパスを起点に打開する傾向にある。

 一方でミッキー・ファン・デ・フェンとジェド・スペンスがいる左サイドからは選手のキャラクター的にも攻撃を組み立てることが難しい。

 これを完全に見極めていたイラオラ監督はスパーズの左サイドの選手にボールを持たせることは許容していたが、右サイドの2選手に対しては強い制限をかけていた。

 ファン・デ・フェンが104回、スペンスが72回のタッチ数を記録したのに対して、ロメロは62回、ポロは44回(72分OUT)とあまりボールを持てなかった。

 特に苦労したのがアントワーヌ・セメンヨのチェックに合っていたポロで、パス成功率は56%に留まっている。

 スパーズが2012/13シーズン以降のプレミアリーグで最低となる「0.05」のxGに留まった第10節チェルシー戦もマンツーマンのディフェンスに苦しんだ。

 ことごとくパスコースが消され、この試合も右SBポロのパス成功率は58%に留まった。

 スペイン代表DFのシーズン全体の平均パス成功率が74%であることを踏まえると、この2試合は極端に成功率が低い。

嚙み合わせが悪い中盤

 相手のプレスを受けた時の打開策が少ないのは、チームとしてのプレス回避の構造に問題がある。

 かつてのスパーズはハリー・ケインを軸(頂点)にしたサッカーを展開しており、困った時にボールを収めてくれる基準点となる選手がいた。

 今のチームには最前線から中盤に下りて前進を助けるようなストライカーがおらず、縦パスを収めるライン間のレシーバーが極端に少ない。

 その要因の1つとなっているのがボランチの嚙み合わせの悪さだ。

 現状はジョアン・パリーニャとロドリゴ・ベンタンクールの組み合わせがファーストチョイスになっているが、後ろに重たすぎる印象は否めない。

 この2人が先発出場した公式戦10試合のうち勝利したのは3試合のみ。3勝4分3敗と、あまり勝ち星に恵まれていない。

 第2節マンチェスター・シティ戦(〇2-0)のように、非保持からチームを設計して戦う試合であれば、彼ら2人の組み合わせでもよいだろう。実際にこの試合ではハイプレスで相手のビルドアップのミスを誘ってゴールが決まった。

 しかし、自分たちがボールを持つ試合となれば話は変わってくる。

 個人戦術の部分で2選手はともにプレス耐性が低く、ボールを後ろ向きに受けた時の選択肢がバックパス、もしくは横しかない。

 第8節アストン・ヴィラ戦(×1-2)を筆頭に、ビルドアップの際にベンタンクールが最終ラインに落ちて配球に回った試合もあったが、トップ下のシャビ・シモンズしかライン間にいない現象が起きるなど、前進の助けにはなっていない。

 ヴィラ戦はボールを保持する時間が長かったが、中盤を経由した攻撃はほとんどなかった。

 イギリス『The Times』の記事によるとパリーニャ、ベンタンクール、シャビ・シモンズの中盤3枚が最前線のマティス・テル(60分OUT)に出したパスは合わせて1本のみだったそうだ。

ベンチから流れを変える選手の不足

 引き分け、もしくは負けた試合の停滞感が強いもう1つの理由が、試合の終盤に得点が決まる確率が低いことが影響していると考えられる。

 今季のスパーズは公式戦17試合で29ゴールを記録しているが、そのうち交代出場の選手がネットを揺らしたのは第9節エヴァートン戦のパペ・マタル・サールとUEFAチャンピオンズリーグ(CL)リーグフェーズ第4節コペンハーゲン戦のパリーニャの2例のみ。

 より顕著なのが、接戦が多いプレミアリーグだ。試合途中に選手を入れ替えたとしてもあまり流れが変わっておらず、1人目の選手交代以降に得点が決まったケースは2回しかない。

 途中出場からゴールを決めたサールとパリーニャはいずれも中盤の選手であり、アタッカーに関しては、11月7日時点で誰一人としてネットを揺らすことができていないのだ。

 いわゆる「ゲームチェンジャー」のようなキャラクターを持つ選手が少なく、最後に追い上げるための火力が足りないのも現状の課題と言えるだろう。

深刻な怪我人問題

 ただ、ビルドアップにおける課題や選手層の薄さは、怪我人や退団した選手の影響を強く受けている。

 昨季までオープンプレーから多くのチャンスを演出していたジェームズ・マディソンとデヤン・クルゼフスキは怪我で未出場。ソン・フンミンが退団したことによるレギュラーの左WGも決まっていない。

 怪我で試合に出場できていない2選手が復帰をすれば、ビルドアップが大きく改善される可能性もあるだろう。

 マディソンは出し手にも受け手にもなれる選手であり、自由に動き回りながらボールを引き出しつつ、アタッカーに鋭いチャンスボールを送ることができる。

 クルゼフスキもキープ力と推進力を活かしたキャリーでプレス回避の出口となる。

 しかし、現状は彼らが不在の中で戦う必要があり、苦しむ試合の傾向が一緒であることから対策がしやすいチームになっている。

フランク・スパーズの懸念点

 近年のスパーズの監督は一貫性の無さが課題だった。ヌーノ・エスピーリト・サントとポステコグルーはいずれも就任初月のプレミアリーグ月間最優秀選手賞を獲得したが、好調は長続きしなかった。

 フランクのスパーズにも懸念があり、xGに対して得点がかなり上振れているのは気になるところだ。

 プレミアリーグではxGに対して「+6.84」、課題に挙げたオープンプレーも「+3.38」の上振れがある。

 仮にこの上振れた状況が平均化してきた場合に得点力が落ちるのは必須。このままオープンプレーからのチャンスメイクが改善されないのであれば、攻撃面の安定感はさらに低下する可能性がある。

 また、2025年にスパーズがプレミアリーグのホームゲームでほとんど勝てていないことも深刻な問題である。

 ポステコグルー前体制を含めてホームゲームの成績は3勝2分9敗と大きく負け越しており、フランク体制も開幕戦のバーンリー戦を最後に1分3敗の未勝利に終わっている。

 すなわち、サポーターの後押しが受けにくい環境となっていることが考えられ、ホームで劣勢になった途端にネガティブな感情になりやすくなっている。

 実際に直近のチェルシー戦も途中からピッチ上の選手とともにサポーターの勢いも薄れた印象が強く、スタジアム全体のメンタリティも改善しなければいけない。

 フランク新監督は、怪我人やホームゲームの弱さなど、ポステコグルー前政権から顕在化していた課題を引き継ぎつつ、自身初の欧州カップ戦も並行して戦うという難易度が高いことに取り組んでいる。

 監督キャリアを通して一度も解任されたことがないデンマーク人指揮官は、マウリシオ・ポチェッティーノ政権以降、誰1人として長期政権を築くことができなかったスパーズに安定をもたらすことができるのだろうか。

(文:安洋一郎)

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【了】

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