世界各地で行われている2026 FIFAワールドカップ(W杯) 北中米大会予選が佳境に入っている。すでに出場が決まった42ヵ国のうち、最も劇的な形でW杯行きの切符を掴んだのがスコットランド代表だろう。28年ぶりのW杯出場を確定させた、カオスであり、ドラマチックな90分間を振り返る。(文:安洋一郎)[1/2ページ]
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世界中の人々がフットボールに熱狂する理由が詰まった試合
すべてはこの夜のためにあったのかもしれない。
2025年11月18日、スコットランド代表は本拠地ハムデン・パークで2026 FIFAワールドカップ(W杯) 北中米大会出場をかけてデンマーク代表と対戦した。
試合前の条件を整理すると、デンマーク代表が勝ち点差「1」で欧州予選グループCの首位に立っており、2位のスコットランド代表が1998年大会以来のW杯出場権を獲得するためには勝利が必須だった。
勝てばW杯。負ければ16チームで残りの4枠を争う熾烈なプレーオフ。
真冬のスコットランドという極寒の環境も相まって、選手たちの精神状態は極限に近かっただろう。
自らの人生、そして国民からの期待と希望を背負った大一番で、彼らは「映画」を超える最高のエンターテインメントを届けた。
“なぜ世界中の人々がフットボールに熱狂するのか“
その答えを教えてくれる90分間だった。
スコットランドにとって運命だった一戦
大一番から遡ること3日前、多くのスコットランド国民がストレートでのW杯出場権獲得を諦めていただろう。
すでに予選敗退が決定していたギリシャ代表相手に、63分までに0-3と大差をつけられていたのだ。
同時間帯に勝ち点「10」で並んでいたデンマーク代表はホームにて、4試合を終えた時点で全敗のベラルーシ代表と対戦。
得失点差を考えると、スコットランド代表が敗れた時点で、デンマーク代表はW杯出場権をほぼ手中に収めたと言える状況だった。
首位のチームが全敗の最下位のチーム相手に取りこぼすはずがない、そう思った人が大半だろう。
しかし、スコットランド代表がギリシャ代表に3点目を決められたほぼ同じタイミングで、デンマーク代表がベラルーシ代表に1-1と追いつかれる。その2分後には逆転ゴールを許すという波乱の展開となった。
最終的には追いついて2-2となったが、北欧の強豪は最下位相手に勝ち点2を失った。
スコットランド代表は0-3の状況から2点を返して2-3としたが、試合をひっくり返すには至らず。
それでも予選最終戦の直接対決に勝つことができれば、W杯出場権を獲得できるという希望を残した状況で“運命の日”を迎えていた。
「俺たちの方が何倍も(W杯を)求めている」
「俺たちの方があいつらより(W杯を)求めている。俺たちの方が何倍も求めている。お前らに言っておくぞ」
試合前のアップで奮い立たせるような声掛けをしていたMFスコット・マクトミネイ(ナポリ)がキックオフ直後の3分にキャリア最高のゴールを決める。
時が止まったと錯覚するような長い滞空時間を経て、2018年のクリスティアーノ・ロナウド(vsユヴェントス)を上回る「2m53cm」という驚きの打点からオーバーヘッドシュートを叩き込んだ。
キックオフ直前の『Flower of Scotland』の大合唱でボルテージが最高潮に上がっていたタータン・アーミー(スコットランド代表のサポーターの呼称)は、それを上回る地鳴りのような大歓声で歓喜に沸いた。
最高のスタートダッシュに成功したスコットランド代表だったが、その後はひたすらデンマーク代表に攻められ続ける。
試合を通して劣勢が続き、マクトミネイの3分のゴールを最後に77分まで1本もシュートを打てなかった。
ハッキリと言ってこの試合に戦術的な見どころはない。61分にデンマーク代表が1人退場をした後も、スコットランド代表はボールを保持できずに攻撃ができなかった。
それでもW杯出場という夢の切符を掴んだのは彼らである。その過程は“カオス”な瞬間の連続だった。
「僕らは決して諦めず、最後まで戦い続ける」
主将のDFアンドリュー・ロバートソン(リヴァプール)のコメントを象徴するように、幾度となく「挫折」や「苦境」を味わいながらも乗り越え、この日、ハムデン・パークのピッチに立った選手たちが執念のプレーとゴールで勝利を引き寄せたのだ。
