欧州主要リーグの冬の移籍市場は、短期決戦だ。補強ポイントが明確なクラブに途中加入する一方で、環境・戦術・序列に慣れる猶予はほとんどない。本稿では、冬の海外移籍で歯車が噛み合わず、キャリアの流れを変えてしまった日本人選手を取り上げ、その背景と「失速の要因」を辿っていく。※データは『Transfermarkt』を参照[1/5ページ]
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FW:古橋亨梧(ふるはし・きょうご)
生年月日:1995年1月20日
移籍先:セルティック(スコットランド)→スタッド・レンヌ(フランス)
移籍日:2025年1月27日
およそ1年前、古橋亨梧はスコットランドのセルティックからフランスのスタッド・レンヌに加入したが、大失敗に終わった。
2021年夏にヴィッセル神戸からセルティックに移籍した古橋は、2022/23シーズンにスコティッシュ・プレミアリーグ得点王に輝き、リーグ年間最優秀選手賞も受賞。個人タイトルを総なめにした。
セルティックでは3年半の在籍で公式戦165試合に出場し、85ゴール19アシストと圧倒的な成績を記録。リーグを代表する選手として評価されるようになった。
さらなる飛躍を求めた古橋は、昨年1月にスタッド・レンヌに加入。1200万ユーロ(約20億400万円)という高額な移籍金が期待の大きさを物語っていた。
が、レンヌでは加入直後の監督交代による影響もあり、出場機会がわずか6試合、合計120分間のプレーにとどまった。
データサイト『Transfermarkt』によると、市場価値は2024年12月時点で1200万ユーロだったが、半年後には900万ユーロ(約15億3000万円)にまで下落している。
そして2025年夏、古橋はイングランド2部のバーミンガム・シティに新天地を求めたが、ここまでリーグ戦では無得点。セルティック時代の輝きは影を潜めたままだ。
古橋が最後にサッカー日本代表に招集されたのは、2025年3月のFIFAワールドカップ(W杯)26アジア最終予選だった。
もしも昨冬の移籍が成功していれば、今ごろW杯本大会メンバーの有力候補として注目されていた可能性もあったが、そうした声はもはやほとんど聞こえなくなった。

