サッカーU-23日本代表は7日、AFC U23アジアカップサウジアラビア2026のグループステージ初戦でU-23シリア代表と対戦する。ときにキャプテンマークを巻く永野修都は、この年代の中心的な存在としてこれまでチームを引っ張ってきた。アルゼンチン、FC東京アカデミー、そして昨季はガイナーレ鳥取で吸収したものを糧に、中東の地で日の丸を背負う。(取材・文:加藤健一)[1/2ページ]
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AFC U23アジアカップを控えるサッカーU-23日本代表
AFC U23アジアカップを目前に控えた昨年末、サッカーU-22日本代表は茨城県のケーズデンキスタジアム水戸で開催された『IBARAKI Next Generation Cup2025』に参加していた。
準決勝ではU-21関東大学選抜、決勝ではU-21 ALL IBARAKI(茨城選抜)と対戦し、いずれも大差をつけて勝利した。
この大会で、大岩監督は明確に「キャプテンを固定しない」という方針を採った。試合ごと、時間帯ごとにキャプテンマークを巻く選手は変わり、ピッチ上では複数の選手がリーダーシップを担う形が取られた。
決勝の途中から、永野の腕に腕章が巻かれた。大岩政権下で継続的に招集され、何度も腕章を巻いてきた一人である。
クラブではJ3・ガイナーレ鳥取でプロ1年目を過ごし、代表では“基準を示す側”としての役割を担っている。
準決勝のU-21関東大学選抜戦、決勝の茨城選抜戦はいずれも大差で勝利したが、個々に目を向ければ、この大会は「仕上がり」を測る場でもあった。Jリーグ組は短いオフを挟んで合流しており、出場時間を分け合いながら、コンディションを引き上げる意味合いが強かった。
永野自身にとっては、悔しさの残る2試合となった。
その姿勢こそが、キャプテンマークを託される理由
24日の関東大学選抜戦では負傷交代。続く27日の茨城選抜戦ではミスが散見され、試合を安定させる役割を十分に果たすことはできなかった。
「個人的には、なかなかうまくいかない部分が多かった」
そう振り返りながらも、初戦で負傷した影響についてはきっぱりと否定する。
「今日はほぼ問題ない状態だったので、関係ないです」
ミスが目立ったのは永野だけではない。この大会期間中は2部練習が連日組まれ、プレシーズンのキャンプさながらの負荷がかけられていた。試合勘やコンディションが完全ではない中で起きたズレは、首脳陣にとっても想定内のものだった。
それでも、永野は自分に矢印を向けた。その姿勢こそが、キャプテンマークを託される理由でもある。
永野のプレースタイルには、同じセンターバックである市原とは異なる質感がある。
対人で一歩も引かない強度。泥臭く球際に躊躇なく踏み込む姿勢。いわゆる「日本人らしさ」とは少し異なる空気が漂う。
その理由を辿ると、小学生時代の経験に行き着いた。
「小学校のときにやっていた部分が、今のベースになっている」
FC東京のアカデミーに通いながら、永野はボカ・ジュニアーズ・ジャパン・スクールに通っていた。さらに高学年のときにアルゼンチンへ渡り、現地の同年代選手たちと実際にプレーもしている。
アルゼンチンで体感したのは、技術以前に“人に向かう”サッカーだった。
「小学校のときにやっていた部分が、今のベースになっている。ボカやアルゼンチンのサッカーをした経験は、本当に今でも活きていると感じることが多い」
距離は近く、球際は激しい。受け身の守備は許されず、奪いに行く姿勢そのものが評価される。
スタジアムで感じた熱狂も、今なお鮮明だ。
「どこに座っている人も盛り上がっている。ゴール裏は特にすごかった」
ラ・ボンボネーラ(ボカ・ジュニアーズのホームスタジアム)の空気は、勝負に対する向き合い方を身体に刻み込んだ。
対人で逃げない。球際で引かない。その感覚は、プロになった今も失われていない。



