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フォーカス 3週間前

危険すぎる賭け!? W杯半年前に移籍したサッカー日本代表の10人。成功? 失敗? 運命はどちらに【Part2】

シリーズ:編集部フォーカス text by 編集部 photo by Getty Images
危険すぎる賭け!? W杯半年前に移籍したサッカー日本代表【Part2】
危険すぎる賭け!? W杯半年前に移籍したサッカー日本代表【Part2】【写真:Getty Images】



 FIFAワールドカップ2026(W杯)開幕まで約半年となった。この時期の移籍は、選手にとって難しい。環境を変えることで出場機会を失い、W杯メンバー入りに向けた説得力が薄れるリスクもあるからだ。しかし、過去にはW杯を目前に控えた中で覚悟の移籍を決めた選手が何人もいる。今回は、W杯半年前に移籍を決断したサッカー日本代表をピックアップ。その後の運命などを振り返ろう。[1/5ページ]

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MF:本田圭佑(ほんだ・けいすけ)

2014年日本代表の本田圭佑
2014年日本代表の本田圭佑【写真:Getty Images】

生年月日:1986年6月13日
移籍:CSKAモスクワ(ロシア)→ACミラン(イタリア)
移籍日:2014年1月3日
ブラジルW杯メンバー:選出



 本田圭佑がACミランに加入して世界を驚かせたのは有名だが、この移籍がブラジル開催の2014 FIFAワールドカップ(W杯)の半年前に起こったという事実をどれだけの人が覚えているだろうか。

 日本サッカー界を代表する“レジェンド”は、試合中だけでなくキャリア選択の場においても勝負師だった。

 名古屋グランパス、VVVフェンロ(オランダ)と着実にステップアップを果たした本田は、2010年1月にCSKAモスクワ(ロシア)へ完全移籍。2012/13シーズンにはロシア・プレミアリーグ(ロシア1部リーグ)制覇に貢献するなど、主力の座を確固たるものにした。

 この頃はすでにサッカー日本代表でも絶対的エースに君臨していたため、ブラジルW杯メンバー入りを確実にするのであれば“冒険”をする必要はなかった。

 それでも、本田はあくまで進化を止めなかった。本大会半年前にミランへ完全移籍し、自ら希望した「背番号10」を背負ったのだ。

 当時のミランは成績低迷に陥っていたが、依然としてチームには一線級の選手がズラリ。世界的名門へのシーズン途中の加入は、ベンチ暮らしが続いてブラジルW杯行きを逃しかねないリスクをはらんでいた。

 加入後すぐに主力となった本田は、セリエAで14試合に出場した。

 だが、クラブを象徴する存在のカカがトップ下に君臨していたために不慣れな右サイドハーフでのプレーを強いられ、個人成績は1得点2アシストと伸び悩む。



 ブラジルW杯メンバーには無事選ばれたものの、ミランで結果を残せなかった本田の状態はザックジャパンの悩みの種となった。

 とはいえ、いざ本大会が始まってみると本田はグループステージの3試合に先発フル出場し、初戦のコートジボワール代表戦で1ゴールをマーク。戦前の不安を吹き飛ばしてしまうところに、本番に強い男の矜持が詰まっていたと言える。

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