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コラム 1週間前

サカがアーセナルの象徴である理由。クラブとの“合言葉”を刻んだレジェンドとの共通点【ブラックアーセナル 前編】

text by 山中拓磨 photo by Getty Images

ブカヨ・サカ
アーセナルのブカヨ・サカ【写真:Getty Images】



 デイヴィッド・ローカッスル、イアン・ライト、そしてブカヨ・サカへ——。「ブラック・アーセナル」と呼ばれるその系譜は、単なる偶然でも、美談でもない。受け継がれてきた思想と覚悟の物語だ。いかにしてノース・ロンドンに拠点を置くサッカークラブ、アーセナルFCが英国における黒人性のアイコンとなったかをに迫る『ブラックアーセナル』の訳者・山中拓磨に「受け継がれるバトン」についてを寄せてもらった。(文:山中拓磨 )
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EURO2020決勝で浮き彫りになったもの

 2021年7月、コロナ禍の影響で1年遅れというイレギュラーな形で開催されたEURO2020の決勝で、サッカーの母国イングランドとイタリアという、歴史と誇りを背負った二国が激突した。

 この大会はUEFA創設60周年を記念し、欧州各地で分散開催となった点も例年と異なり、決勝の舞台として選ばれたのはイングランド代表のホーム、ウェンブリー・スタジアムだった。

 地の利を持つイングランドは試合開始直後、ルーク・ショーのゴールで先制したが、後半にはイタリアがレオナルド・ボヌッチの得点で同点とし、試合を振り出しに戻した。

 その後は互いに譲らず、90分が終了、延長戦を経ても勝敗は決せず、試合はPK戦へともつれ込んだ。



 PK戦で先攻だったイタリアは5人中3人がPKを成功させた一方、イングランドはラッシュフォードとサンチョが失敗し、最後のキッカーが決めれば勝負は6巡目へと突入、外せば敗北が決まるという極限の場面で、ペナルティスポットにボールを置いたのは当時19歳のブカヨ・サカだった。

 だが、サカの放ったシュートは無情にもゴールポストを叩く。この瞬間、イングランド代表が母国で優勝杯を掲げるという夢は潰えた。

 アーセナルとイングランド代表の両方で、新進気鋭のスターとして頭角を現し始めていたサカにとって、これだけでも十分に過酷な体験だったはずだ。

 しかし、試合後に彼を待ち受けていたのは、それ以上に残酷な現実だった。

人種差別との戦いとアーセナル

 サカ、ラッシュフォード、サンチョのPKを失敗した3人の黒人選手に対し、SNS上では苛烈な誹謗中傷があふれ、その中には露骨な人種差別も含まれていた。

 彼らはまだ10代後半から20代前半と若く、代表チームの一員として国の期待を背負い全力を尽くした若者たちが、その出自や肌の色を理由に攻撃の標的とされたことは、イングランド国内にも大きな衝撃を与えた。

 もちろん、同じだけの熱量で彼らを擁護する声も届いた。

 特にアーセナルは北ロンドンという立地もあり、伝統的に黒人のスター選手・多様なファン層を抱え、マイノリティが自己のアイデンティティを重ねやすいクラブであるということもあり、サカが所属するアーセナルには彼への愛と連帯を示す手紙が山のように届いた。



 そしてそれらは本拠地エミレーツ・スタジアムに「手紙の壁」として掲げられた。

 この出来事は、2021年においてもなお、サッカー界で黒人選手が直面している問題が過去のものではないことを突きつける鮮烈なリマインダーであると同時に、アーセナルFCが長年果たしてきた役割を浮かび上がらせるものだった。
 
 ただし、もちろん最近もスタジアム立ち入り禁止処分を受け逮捕されるファンが存在したりと、人種差別は根深く残っているが、少なくとも現代では1970~90年代のように黒人選手がスタンドから日常的に浴びせられていた露骨な差別的罵倒が許容されることはなくなったし、プレミアリーグのピッチに黒人選手が立つことも今では当たり前の光景になっている。

「自分が誰であるかを忘れるな」

 こうした「前進」を象徴するアーセナルの黒人選手の先人のひとりが、デイヴィッド・ローカッスルだ。

 ローカッスルは南ロンドンに生まれ、1982年にアーセナルのユースアカデミーに加入し、1985年9月にトップチームデビューを果たした。

 彼は力強さと優雅さ、技術とスピードを兼ね備えたそのプレースタイルを持ち、後年サカが台頭した際にも「ローカッスルを彷彿とさせる」と語られることがあった。

 サカはローカッスルが当時背負っていた背番号7を受け継いでおり、謙虚で規律を重んじ、若手の模範となる人格者であるというのも共通した点だ。



 ローカッスルのプロフェッショナルな姿勢は、後に加入するイアン・ライトにも大きな影響を与えたと言われている。

 ローカッスルが常に心に刻んでいた言葉である「自分が誰であるか、何者か、そして何を代表しているかを忘れるな」は、アーセナルの合言葉となり、トップチームからユースチームまで、当時のアーセナル関係者は皆これを暗唱できたそうだ。

 そしてこの言葉は現在も、エミレーツ・スタジアムの壁画として刻まれている。

(文:山中拓磨)

<書籍概要>

『ブラックアーセナル』
クライヴ・チジオケ・ヌウォンカ 編纂、マシュー・ハーレ 編纂、山中拓磨 訳
定価3,850円(本体3,500円+税)

ガナーズはなぜ「黒人性」のアイコンとなったのか?
イアン・ライトからブカヨ・サカまで――
時に交わり、時に分かれるアーセナルFCの黒人アイデンティティの変遷

本書はいかにしてノース・ロンドンに拠点を置くサッカークラブ、アーセナルFCが英国における黒人性のアイコンとなったかの物語だ。1960年代のもっとも初期の兆候からグローバルな団体としての目覚ましい台頭まで「ブラックアーセナル」は黒人としてのアイデンティティとクラブとのつながり、そしてそれがメディア、音楽、ファッション、政治といった領域にいかに拡大していったか、という観点からアーセナルと現代的な黒人カルチャーの関係性を探訪しようとする史上初の試みである。

詳細はこちらから

【了】

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