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サー・アレックス・ファーガソンの実像と虚像【欧州サッカー批評 6】

text by オリバー・ホルト photo by Kazuhito Yamada

栄冠を手にし続けるためにはスター選手の放出も辞さず

 対象はメディアだけにとどまらず、主審に暴言を吐いたり、公に非難したことで、過去に5回もFAからベンチ入り禁止と罰金の処分を受けている。特にホームゲームでは、ファーギーの審判団への圧力は顕著に表れており、マンUが同点や劣勢の試合展開である場合に、度々不可解なロスタイムが加算されるため、「ファーギー・タイム」と揶揄されたりもしている。

 世界屈指の威圧的な個性を持つファーギーは、公に選手を非難することはほとんどない。彼が選手に不満を感じた時は、必ず面と向かって話し合う。しかし、そんな彼にも賛否両論の問題視される個性もある。悪名高い「HairdryerTreatment =ヘアドライヤー・トリートメント」がその1つであり、実力を発揮しない選手に対し、目の前で怒りを爆発させるというファーギー独特の説教だ。かつて元マンUのマーク・ヒューズ(現QPR監督)はこの説教についてこう語る。「選手が不甲斐ないプレーをしようものなら、彼は鼻と鼻が触れる距離で、大声で怒鳴り叫ぶ。やられた選手の髪が頭の後ろに吹き飛ばされてしまうぐらいにね」

 これはファーギー本人も認めており、「ヘアドライヤーというのはマーク・ヒューズがマンUを去った後に付けた言葉だ。私の控室での説教だから、言われるのも仕方ない」と説明している。

 ベッカムもこれを受けた選手の1人だ。03年2月、FA杯敗退後に控室で激怒したファーギーは、ベッカムを戦犯に挙げたとされ、ファーギーの蹴り上げたスパイクがベッカムの顔面に直撃するという事故が起こった。英メディアやベッカムの側近によると、ベッカムは左眉の上を2針縫ったとされたが、ファーギーは「縫うような怪我ではなかった」と否定し、「当然ながら、あれは事故だ。私が狙ってやったのなら、まだ現役でプレーできる」と冗談交じりに流した。しかし、これが引き金となって両者の間には溝ができ、ベッカムはレアル・マドリーへ移籍した。「クラブを超越する選手はいない。クラブが最優先であり、選手は二の次でなければならない」

 そう語るファーギーは、ベッカム以外にも、ファン・ニステルローイ、ロイ・キーンなどのスター選手たちをも、不和により放出したとされる。

 栄冠を手にしても慢心せず、常に次なる栄冠を目指して前へ進む。過去の栄光は2度と手に入らないからだ。タイトルを防衛するためにも、また1から始めなければならず、選手の世代交代や見切りをつけた選手の容赦ない放出も結果に大きく左右する。この勝利に対する欲と原動力こそが、彼を世界最高峰の勝利者へと仕立て上げているのだろう。現代サッカー界が金に支配され、クラブを買収したオーナーの言いなりになる監督が増える中、ファーギーは一貫して自分の地位を保っている。

 そして過去10年もの間、引退説が囁かれ続けてきたが、「健康な限り続ける」としており、いまだに辞めるつもりはない。「栄光はいつか崩れる時が来る」とファーギーは謙遜するが、彼が引退するまでその時が訪れる事はなさそうだ。

初出:欧州サッカー批評6

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