北嶋秀朗 サポーターと真剣に向き合う男

サポーターとは何か。ライセンスがあるわけではないし、自称と他称の境界線も曖昧だ。しかし、そんな“概念”に近いサポーターを誰よりも理解し、歩み寄ってきた男がいる。北嶋秀朗。ロアッソ熊本に所属する34歳。サポーターを愛し、サポーターから愛される男に話を聞いた。

2013年07月10日(Wed)14時13分配信

text by 土屋雅史 photo Masashi Tsuchiya
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【サッカー批評61】掲載

負けた時の責任はサポーターにもある

――サポーターという存在を意識し始めたのはいつ頃ですか?

北嶋 プロになった時から意識していましたけど、レイソルのサポーターというのは特殊で、2006年にJ2へ降格するまでは選手との距離をものすごく遠く感じていました。お互いが主張し合うような関係だったので、最初は「サポーターとの関係って凄く難しいんだな」と認識していました。ブーイングや野次も多くて、「俺たちと一緒に戦っている感じじゃないんだな」という印象だったんですよね。だから、“仲間”という感じには思えなかったです。

――その関係性がいつ頃から密になっていったのでしょう?

北嶋秀朗
北嶋秀朗【写真:土屋雅史】

北嶋 2006年にエスパルスからレイソルへ帰ってきた時ですね。その年はサポーターも選手も会社も、レイソルに関わるすべての人たちが、お互いを理解し合って、色々なことを変えていこうと1回向き合った時期だったんです。そんな時にちょうど岡山(一成)がいて、“レッツゴー柏”をやるようになってから、サポーターも僕らを凄く応援してくれるようになったという感覚があります。そこから自分も「サポーターと一緒に戦っていくってどういうことなんだろう?」と一層考えるようになりました。あれはレイソルの中では歴史的なことで、あの時期から「一緒に戦うってこんなにエネルギーになるんだ」ということを感じるようになりましたね。

 あとは清水での3年間も僕にとっては大きくて、レイソルの殺伐とした雰囲気からエスパルスへ行った時に、「ああ、サポーターって応援してくれるんだ」と思ったんです。よく言う「サポーターのために」「サポーターと一緒に」というのはこういうことなんだなと。サポーターの力で本当にチームが強くなるんだなということを理解した3年間でした。

――サポーターのおかげで勝てたと感じたゲームはありますか?

北嶋 たくさんありますよ。1試合や2試合じゃなくて何十試合とあるし、特にレイソルでJ1優勝を達成したシーズン(2011シーズン)は、日立台のおかげで勝てたゲームが何試合もあったと思います。そういう試合は途中からスタジアムにスイッチが入っていくのがわかるんですよ。僕たち選手にもスイッチが入っているから、それにサポーターも乗っかってきてくれて、エンジンの回転がどんどん上がっていくような感覚でした。どんどん足が前に進むし、呼吸も乱れなくなるような。僕らはよく“日立台ドーピング”って呼んでいました(笑)。「日立台でやると勝手に力が出ちゃうからな」って。

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