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Jリーグ 11年前

松田直樹が松本山雅FCに残したもの

text by 宇都宮徹壱 photo by Tetsuichi Utsunomiya

「松田ありき」だった今季の山雅

 松田の死に関する報道では、実はもうひとつ違和感を覚えることがあった。それは、あまりにも「良き思い出」として語られ過ぎていることである。

 確かに、代表ファンやマリノスのサポーターであれば、その心情は理解できる。しかしながら山雅のサポーターにとって、松田の死は、哀しいとか残念だとかいう話だけではおさまらない。「今後、チームはどうなるのか」「今季、Jに昇格できるのか」という、切実な問題に彼らは直面しているのである。

 マリノスを解雇された松田の獲得を、最初に大月に進言したのはGM(当時は専任)の加藤であった。その理由について、現指揮官はこう述懐する。

「ウチの選手たちと合うかどうか。そこは確かに、未知数というか、不安な部分もあったんです。ただ、それ以上に、選手としての資質や能力が高い。瞬間的な速さ、判断力、足元の技術。34歳という年齢でしたけど、それでも日本人離れしたフィジカルと攻撃センスは魅力でしたね」

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JFLでは破格の戦力といえる松田の加入【写真:宇都宮徹壱】

 JFLでは破格の戦力となる松田の加入は、一方でそれなりのリスクを伴うことも、加藤は重々承知していた。そのメリットとデメリットを天秤にかけた上で、彼は松田の獲得がチームにもたらすメリットに賭けたのである。

「入団前に懸念していたのは、彼がこの環境に満足してサッカーに打ち込めるかということ。そしてクラブとして、彼をコントロールできるかということ。もっとも、ピッチの上でしっかりプロの仕事をして、チームとしてのルールを守ってくれればね。それに、これまで積み重ねてきた経験といったものを、他の選手に示してくれるほうが、より重要だと考えていましたから」

 確かに松田は、チームの精神的支柱であり、そして若い選手のロールモデルでもあった。だがそれ以上に、今季の山雅は、戦術面での松田への依存度が高かったことは強調しておきたい。

 ある時は3バックの中心として、ある時はボランチの一角として、まさに攻守の要としてピッチに君臨。その絶妙なポジショニングと高い戦術眼で、危機を未然に防いだり、中盤でボールを落ち着かせて両サイドに展開したり、さらには90分の中で攻守のリズムに変化を与えるなど、松田は文字通りチームの心臓部だったのである。

 換言するなら加藤が、今季の山雅のチームコンセプトを「松田ありき」で考えていたのは間違いない。その松田が突如、思いがけない形でチームから去っていったのだ。今季のJ昇格を目指していた山雅にとり、それは感情論とは別のところでの衝撃となった。

 9月1日現在、山雅の順位は暫定5位である。JFLを4位以内でフィニッシュし、悲願のJ昇格を果たすためには、これまで堅持してきた「松田ありき」のチームコンセプトを放棄することも考えなければならないだろう。そのあたりの構想について、加藤に問うてみたのだが、指揮官自身、まだ迷っているフシが見られる。

「マツはね、僕が何か言えば、いろんなことを理解して周りに伝えてくれる力があるんですよね。そういう存在がいなくなるっていうことは、おそらくベンチワークとしては非常に難しくなると思いますよ。それを補うには、全体の底上げと(運動)量というところでね、いわゆるハードワークの部分を鍛えるという……。まあ、もう一度、自分たちの戦い方を整理する必要があるかな、とは思っていますけどね」

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